中国のマーケティング業界でも大きく注目されている私域流量(Private Traffic)。その活性化によって成長を遂げたのが、中国新進気鋭のコスメブランド「完美日記(Perfect Diary)」だ。
今回は日本の中国事業業界でも分析が薦められている同社の手法を俯瞰してみよう。
▼前回までの記事
中国マーケ業界ホットワード「私域流量」を掴め! ~「私域流量」ってなに?
中国マーケ業界ホットワード「私域流量」を掴め! ~その効果と初期モデル~
▼次回はこちら
中国マーケ業界ホットワード「私域流量」を掴め!~ミニプログラムとの甘い関係
目次
そもそも「完美日記」とは
同ブランドは2016年に成立し、広東省に拠点を置く「広州逸仙電子商務有限公司」が、設立の翌年である2017年に立ち上げたコスメブランドである。
2017年3月にTaobaoに店舗を開設しスタート、同年9月にはこの店舗を「旗艦店」へとレベルアップさせた。
2019年には実体店戦略を開始させ、広州、上海のほか杭州、湖南省長沙市などに展開している。
誕生からわずか3年程度で一気に中国国内トップレベルにまでのし上がった同ブランド。2019年のダブルイレブンではその売り上げは「コスメ部門」で9位、さらに「メイクアップ部門」ではなんと強豪を抑えて1位を獲得するなど、その人気を拡大。
現在はネイチャー雑誌『中国国家地理(ナショナルジオグラフィックス)』と提携し、中国の絶景をイメージしたアイシャドウも販売するなど、話題を呼ぶ商品を押し出している。
そのマーケティング手法は比較的単純。
「個性を追求する95後世代をターゲット」にし、オンライン限定でKOL、また人気男性芸能人である「頼冠霖」を起用するなど、ターゲットの思考をとらえた徹底的かつ広範囲なマーケティングを展開している。
同時に商品開発においても話題作りを欠かさない。
2020年には動物の色をイメージしたアイシャドウを展開。トラやパンダなどをイメージしたカラーと、その動物写真を大きく使ったケースなど、持っているだけで「SNS映え」しそうな商品を投入したことで、さらに話題を持続させた。
さらには、この商品の特別版として、カリスマKOLである李佳琦とタイアップ。彼のペットの犬のカラーもアイシャドウに再現。今年の婦人節の大きな目玉商品となった。
その急成長によって、日本のコスメ業界でも注目され始めているブランドだが、中国のマーケティング業界では急成長の陰にある「私域流量」活用に注目が集まっており、多くの分析がなされている。
グループ、公式アカウントを活性化させるツボ
もともとメイクアップ商材はスキンケアに比べて購入のハードルが低い。直接肌に塗るスキンケアと異なり、肌に悪影響が出ることが少ないこと、また使用後一定の時間を経ないと効果が体験できないスキンケアとは違い、実体店などで手軽に試し、鏡を見ることですぐに効果を試せるからである。
しかし同時に購入のハードルが低い分、ブランドチェンジも起こりやすい商材と言えた。その部分を補ったのが、私域流量の活性化であった。
まず大掛かり、広範囲なマーケティングによって、消費者による「お試し購入」を誘発させる。消費者はEC旗艦店、2019年以降は店頭で商品を購入することになる。
その際、消費者は店員やEC店舗から同ブランドのWeChat公式アカウントへのフォローや同社運営の消費者グループへの加入を勧められる。このグループが変わっている。
グループにはグループオーナーがいるのだが、それは「小完子」という人物。消費者はこの「小完子」とWeChatでつながり、そこからグループに招待される形になる。
「小完子」のチャットプロフィールでは彼女(女性なので)の顔写真も張られており、モーメンツを見ると、もちろん商品の紹介めいた内容もあるのだが、同時に「今日は〇〇へ遊びに行きました!」や「お昼は〇〇を食べました!」といった、普通の女の子の写真付き投稿も数多くみられる。
しかし、この「小完子」は実在していない、言い方がおかしいが、非常に「バーチャルな存在」なのである。にもかかわらず、見ていると多くの消費者は親近感を得るようで、それによってグループへの加入も非常にスムーズに移行する。
グループでは彼女がグループオーナーとして商品やキャンペーン情報の発信をするが、時には「お気に入りの口紅写真をみんなで紹介しよう!」といった、グループメンバーを巻き込んだコミュニケーションを展開、グループ内での「仲間意識」の醸成、それに伴うブランドへのロイヤリティを高める効果を生んでいるのである。
そして刈り取り。
同社は他の中国コスメブランドよろしく、WeChatミニプログラムでの店舗を開設。そのため、WeChatグループから外へ出すことなく(他のECアプリを立ち上げる必要なく)、そのまま販売Pointへ誘導している。
顧客データ、企業によるSNSグループというと、どうしても商品やお得キャンペーンの紹介や、アンケートなどの純粋なビジネス的な運用が中心になるが、同ブランドでは、いわゆるアカウント運用の「中の人」を設計・設定し、そのPrivate感をも打ち出すことで、ブランドを「SNS上の友達」化させ、消費者とブランドとのつながりを高めた。
そしてそれをミニプログラムというツールを使って刈り取る流れを設計し、継続的な売り上げにつながっているのである。
今後の商戦はどう変わるのか
さて、こうした自社のコミュニティ活用、コンテンツによるユーザーの活性化、そしてSNSツールにおける販売という流れだが、これによってこれまでのEC商戦が微妙に変化してくるのではないか、とも感じさせる。
これまでのEC商戦、特にダブルイレブンや618は、いかにして自社の旗艦店へ呼び込むかが焦点となっており、それを中心にライブやKOL発信などが行われてきた。
しかしこれからは同時に、企業のSNSグループや公式アカウント内でのユーザーの取り合いも苛烈になってくるように思う。
基本的に1人の消費者が複数のブランドの「私域流量」の構成員であることを考えれば、いかにして自社が抱え込んでいる私域流量をより自社に向けさせるか、という部分にも力を費やしていかなければならない。
いわばこれまでの主戦場であったECサイトは周辺以外での「場外戦」ともいえる部分にも注意を割く必要が出てきた。もしくはECサイトは売り上げではなく、自社の私域流量を取り込むことが主目的であり、売り上げ度外視にする戦い方も出てきたという想像も膨らむ。
いずれにせよ、目前の618でも私域流量は注目要素となっている。その動きを継続して追っていきたい。
次回はこの完美日記も活用した「ミニプログラム」と私域流量の関係を探ってみよう。