労働節初日、中国のライブコマース市場で新たな試みが行われた。「人ならざる者」によるライブコマースである。
中国の消費者が変わり続ける中、その消費者に向けたライブやKOLはどう変わっていくのか。5月に行われた新たなテストケースを紹介しよう。
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Taobao Liveに登場した新たなKOL像
5月1日夜10:00。タオバオライブでライブコマースの会場に現れたのは有名KOLの姿ではなく、なんとボーカロイド(以下:ボカロ)。
日本の初音ミクと同じシステムを使って生まれた中国初のボーカロイド「洛天衣(Luo Tianyi)」とその「お友達メンバー」だったのである。
洛天衣は少し前に李佳琦とコラボでライブコマースに登場したことはあったが、ボカロがKOLとしてライブコマースを行うのはこれが初めてのことである。
当日は5名のボーカロイドが登場したが、最も有名な洛天衣は「博士倫(Bausch+Lomb)」のカラーコンタクトや「欧舒丹(L’OCCITANE)」のヴァーベナスクラブなど、若者をターゲットにした商品4ブランド9品をライブコマースとして紹介。
ライブ時には、KOLのライブには似つかわしくない「#66ccff」、「awsl」など、暗号のようなメッセージが飛び交った。
前者は洛天衣の応援カラーであり、後者は「わ~可愛くて死にそう!」といったような意味のネット用語である。
さらには「自分のライブコマース視聴の“初めて”を洛天衣に捧げる!」などという、熱烈ファンの閲覧もあり、1時間で300万人もの視聴がなされたという。
実際、「彼女(?)」はWeiboで約460万人、bilibili動画においても180万を超えるフォロワーを有する、まさにトップ・インフルエンサー。
企業にとっても、盛り上がり、話題性の面で多くの消費者を引き付けることができたわけである。
ミニトラブルに改善の余地あり。またその費用は…?
とはいえ、トラブルがなかったわけではない。
ボカロによるライブコマースは、インターネットに負荷がかかるのか、はたまた視聴者数の増加によるものか、途中で数度にわたってライブが途切れるといった現象に見舞われた。
また、メディアによっては「臨機応変の対応ができない」と指摘する声もある。
どうしてもAIが質問を判別し、回答するまでにはどうしてもタイムラグがあり、また質問に対してかみ合っていないケースも見られたとする。
さらに、気になる「お値段」。
中国のメディアによれば、ライブコマースでKOLなどを雇う「坑位費」について、細かな契約条件は不明だが、洛天衣は「60万元」だったと報道している。
この金額、報道では李佳琦では32万元、薇婭では18万元というのが相場だといわれており、それらに比べればはるかに高い。
別のメディアでは、現在、抖音にチャンネルを開設したことで話題の羅永浩が同額の60万元だといわれている。
サブカルに詳しくないブランドであれば「人ならぬ者にそこまで出すのか?」と思われるであろう。
しかし、それだけの費用を払っても、それで「リアルな人が集まるのであれば」という踏ん切りをつけた企業があったという事なのだろう。
また、従来通りのKOLのライブでは飽き足らず、「とにかく他と違う、新しいものを!」といった思いからだったのかもしれない。
終了後メーカー側が高いと判断したか、それとも安いと喜んだかは、現時点では定かではない。
なぜボカロだったのか?~主力消費者の変化
さて、こうしたボカロのKOL業界進出現象の背景となっているのが95後および00後世代である。
この世代、海外では「Z世代(Generation Z)」と呼ばれ、その独特の消費行動への研究が進められている。
それは中国でも例外ではない。
同人口、中国国内には実に2.6億人もいるといわれていること、またその消費金額は年間で約4兆元と、中国における家庭支出の13%を占めているまでになっている。
つまり、今後の強力な消費者層として多くのメーカーが熱視線を送っている存在である。
その中国Z世代の特性に一つに「二次元」や「ゲーム」への関心度の高さがある。現在、日本のアニメやアイドル、コスプレを楽しんでいるのは、まさにこの世代であり、彼らが娯楽の場であり情報収集のために利用する舞台となっているのがbilibili動画である。
先般発表された2020年第1四半期の財務報告では、純損益が3.56億元と広がっていたが、営業収入は21.79億元と昨年同時期にくらべて60%近い伸びを見せている。
ここには新型コロナウイルスによる巣ごもり消費という環境もあるが、収入状況は引き続き改善されている。
そこには、やはり主力ユーザーたる95後、Z世代のパワーが大きな要因となっていたことは言うまでもない。
そしてこのbilibiliユーザーたちから高い支持を得ていた存在が洛天衣だったのである。
【グラフ】bilibili動画の営業収入とその伸び率(単位:億元)
つまり、こうした95後のサブカルファン層を消費者として取り込むためには、従来のKOL、例えば李佳琦や薇婭ではなく、彼らがBilibili動画で視聴しているアイドル「ボーカロイド」が登場したほうが、よりターゲットを引き付けるのではないか、という試みであったのである。
まさに、現有のKOLではフォローしきれない層の獲得にライブコマース市場が動いていることに他ならない。
現在、中国の消費者においてはZ世代をはじめ、中国では若者を中心に徐々に価値観、趣味の多様化が始まっている様子が見える。
そうした消費者に対して、効果的にアプローチできる存在を探していかなくてはいけない。
一見すると単なる話題作りのように見えるこうした施策も、変化する消費者に合わせての変化をライブコマース市場が模索しているとみることもできる。
その波はやがてKOL市場、もしくはKOLという存在の在り方にも何らかの影響を及ぼすかもしれない。
今すぐにKOLの有効性を否定することはできないが、我々はクチコミをベースにした消費者心理の変化など通じ、中国消費者、ライブコマース市場双方をより細かく見ていく必要があるのである。