いまや世界の消費材ブランドにとって最も恐れるのが「炎上」という騒動だろう。日本はもちろんながら、日本以上のSNS社会となっている中国では、ひとたび炎上すれば「国も動く」ことにもなりかねない。
それ故、細心の注意を払いつつの消費者コミュニケーションが求められる。しかし、どんなに注意しても「炎上」は起こってしまう物。
今回は2022年6月から7月にかけて中国で起ったあるブランドの炎上事件を、クチコミ分析を含めながら見つめ、中国における消費者コミュニケーションのポイントを探ってみよう。
目次
炎上したのは新鋭アイスブランド
今回「炎上」というやや不名誉な形で注目を集めたのは「鐘薛高」というアイスブランドである。
この「鐘薛高」は2018年上海で成立した、歴史としては4年程度の新しいブランドである。
そのブランドが大手乳業ブランドや欧米系のアイスブランドを押しのけて一躍人気となったのは、小紅書などのSNSでKOLなどを広く活用し、「おしゃれ」、「トレンド感」を広範囲に打ち出したためである。
特にSNS映えを求めるZ世代の若者たちがその独特な形状、味のレパートリーに興味を示し、人気に。
1個10数元から高いものでは60元を超えるという、市販アイスの中では高めの価格設定も好意的に受け取られ、「中国のハーゲンダッツ」や「アイスクリームのエルメス」といったハイエンドアイスブランドとして浸透していったのである。
しかし今回の炎上では、その高級路線が火に油を注いでしまった部分がある。
まずは事件のおおまかな経緯を見てみよう。
<事件の経緯>
- 2022年6月25日、同ブランドのアイスが「室温31℃で1時間放置しても溶けない」という投稿が中国のSNSに投稿され、その成分の安全性に疑問が投げかけられた(室温31℃で溶けないのは、何か有害な化学物質を混ぜてあるのでは?という疑念)
- 7月2日、同投稿を官製メディアである『彭拜新聞』が報道。その内容が一気にWeiboのホットワードとなる。
- 同日、鐘薛高は「国の基準に基づいており品質には問題ない」旨、公式アカウントで発表(カラギナンの影響と説明)。
- 7月5日ごろから同アイスを「ライターで焼いてみる」や「ガスバーナーで焙る」といった動画が多く投稿され、いずれも「溶けずに黒く焦げるだけで溶けない」との表現がなされる。
- 現在は上海市当局が同商品の品質(成分)を調査中。
以上のように、最初はSNS投稿、それが大手メディアで報道されることで一気の火が付き、一種の社会問題としてSNS上で多くのネガティブ投稿を生んだことにつながった。
炎上事件をクチコミ簡易分析で見る
この事件を、Weiboのクチコミ簡易分析をもって見てみよう。
事件の前である6月20日から、事件の投稿が落ち着きを見せた7月19日まで、Weibo上に投稿された「鐘薛高」関連の投稿件数を整理した。
【グラフ】「鐘薛高」キーワードのWeibo投稿件数推移
出所:Trend Express China調べ
件数の推移を見てみると事件前の段階では1日あたり300~400件程度であるが、「室温30℃で1時間~」の投稿があった直後から投稿件数が増え始め、6月30日には一気に7000件近くまで増加しているのが見て取れる。
さらに『彭拜新聞』の報道があった後の7月6日に3万件を超える投稿がなされており、このころになると、多くの消費者がライターで同ブランドのアイスを焼いたり、ガスバーナーで焙ったりという投稿が相次いで投稿される。
完全に「祭り」状態となっていたわけである。
同ブランドは7月2日時点で「商品はすべて国の安全基準に則っており、安全に食べられる」という旨の公式発表をWeibo公式アカウントなどを通じて発表していたが、それでも消費者の疑念は深まり続けていたことが分かる。
実際にこの期間中の投稿のポジネガ比率を見てみても、当然のようにネガティブ投稿が極めて多く、全体の30%以上を占めている。
【グラフ】Weibo「鐘薛高」クチコミ投稿のポジネガ比率
出所:Trend Express China調べ
ニュートラルの声が無いわけではないが、全体的にネガティブな声にかき消されてしまっていると考えてよいだろう。
次に期間中、「鐘薛高」がどのようなキーワードとともに投稿されていたのかを見てみよう。
【表】Weibo「鐘薛高」投稿頻出キーワード上位30
出所:Trend Express China調べ
まずこれを見て目に付くのは「刺客」というキーワード。
鐘薛高はこれまでのアイスとは異なり高級路線で売っていたことで「雪糕刺客(高価格アイスの意味)」と呼ばれていた。
それ以外にも「価格」、「プレミアム」、「高価」というキーワードが目につく。
もともとこれはハイエンドアイスクリームとして、ポジティブな意味合いでの形容詞であったものだが、今回の騒動では完全にネガティブな意味合いとして働いた。
すなわち「高い値段で売っているのに、品質の悪い商品を売っていた」、「高価格商品ならそれなりの安全性を保証すべき」という考え方である。
さらには同ブランドより安い「雪蓮」や「MAGNUM」が比較ブランドとして挙げられており、「安価なこれらのブランドの方が高価な鐘薛高より安全なのでは?」といった投稿も見られる。
また同ブランドが高温でも溶けなかった理由として挙げた成分「カラギーナン」も、当然のことながら頻出キーワードに上がっているが、消費者を納得させる内容とはなっていない様子である。
ちなみに「安倍晋三」元総理の名前がキーワードに上がっているが、これは日本で発生した安倍元首相銃撃事件によって国民やメディアの興味がそちらに向かい、それによって鐘薛高事件が相対的に鎮静化したことを皮肉ったものであるようだ。
いずれにせよ、世界的な事件で関心度は薄まったとはいえ、現時点では同ブランドに関しての疑惑が晴れたとは言い難く、当局の品質検査の結果によってはまた炎上は繰り返される可能性をはらんでいると言えるだろう。
事件のポイントと今後の注意点
今回の騒動の発端は、鐘薛高が事前から自社商品の特性などを明確に説明していなかったことが大きな要因として挙げられる。
特に安全性に関連する成分に関しては近年、より一層の関心が高まっており、その成分が発端となって炎上する可能性が増しているのである。
鐘薛高においても、その成分特性と溶けにくさの関連性を事前に消費者に説明しておくことで、炎上は回避できたのではないかと考えられる。
同時に必要なのが、その成分が安全であるというエビデンスである。
ブランド側が「安全だ」だというだけでは消費者の疑念を打ち消すことは難しい。そのため、第3者による研究結果などを踏まえた情報発信が必要となるだろう。
そしてこれらは「高級路線」を取るブランドほど細心の注意を払う必要がある。
鐘薛高は、中国独自のブランドの中でも数少ない「高級アイス」という路線を取っていたことが、騒動をより大きなものにしてしまった。
「高い値段をつけておきながら、成分は安心できないもの」というレッテルを貼られてしまったことは、鐘薛高にとっては大きなブランド棄損となってしまった。
今回の高級アイス炎上事件は決して他山の石ではない。
日本ブランドでは食品はもちろん、化粧品などにおいてもハイエンド、ラグジュアリーブランドとして売り出しているものは少なくない。
長年ブランディングを積み重ねてきたとしても、どこか一か所、消費者の疑念を招くようなことがあれば、今回のような炎上事件に発展しかねない。
こうした事件から再度、自ブランドそして商品を確認しておく必要があるだろう。