2022年の年末(11月末から12月)から2023年の年始は世界の耳目が中国の一挙手一投足に集中した時期だったと言えるだろう。
約3年の長きにわたって継続してきた「ゼロコロナ(動態清零)」から、一気に事実上の「Withコロナ」へと急展開。
その動きには外で見ていた我々だけではなく、中国国民も戸惑い、混乱を見せていた。
そしてさらに12月末には中国への入国、出国の条件が緩和。
わずか1ヶ月程度の期間に一気に中国社会が大きく変わっていったのである。
もちろん中国からのインバウンド回復への期待も高まるが、その体制を整えるためにも2023年の始まりの段階で、中国で何が起こったのか、一度頭を整理しておこう。
目次
コロナ政策の急転換とその混乱を整理する
始まりは急激だった。
中国政府はこれまで陽性診断を受けた場合はすぐに隔離、付近の封鎖と周辺住民すべてにPCR検査が行われてきたが、2022年12月5日ごろから「新型コロナウイルスのオミクロン株は毒性が弱まった」として、エリア単位での住民全員のPCR検査や健康コード、移動コードなどの施策を次々に撤廃。
陽性患者に対しても「在宅療養で治癒する」として、隔離も行わないこととなった。
事実上のウィズコロナへの転換であった。
その派生で起ったのがオミクロン株の蔓延と風邪薬パニックである。
それが日本でも報道された日本の風邪薬や解熱薬の爆買いという現象として波及したわけである。
特にこれまでのゼロコロナ政策による陽性者隔離によって、身近に陽性経験者がおらず、その治療方法なども知らされていなかった消費者が多くいたことが、国民の不安を煽り、薬の買い占めに様な状況が起こってしまった。
筆者もオミクロン株発症の経験がある者として、12月は中国の友人などに発症時の症状やその対応、注意点などを教えて過ごすこととなった。
『中国トレンドExpress』では、こうした中国の方針転換と風邪薬、解熱薬パニックの状況に関しては別途分析、レポートという形で提供する予定であるが、そうした騒動も継続中ではあるが、発症から治癒した消費者の増加(中国のネット上では「陽康」と呼ばれる)によって、徐々に落ち着きを見せている。
一定レベルで中国が門戸を開放する下地が、緩やかながら整ったのである。
そして発表された「海外」への道
国国家衛生健康委員会は2022年12月27夜、2023年1月8日から新型コロナウイルスの呼び名を従来の「型冠状病毒肺炎」から「新型冠状病毒感染」へと改め、その伝染病レベルを最上級の「甲类伝染病」から「乙类」に下げると発表。
それによって従来の最高レベルでの伝染病対策は必要なくなり、ワンランク下げた管理へと移行。
それに伴い中国入国における集中隔離が必要なくなったとの発表が、国の防疫部門からなされ、1月8日から入国に際して、48時間以内のPCR検査の結果が陰性であれば、入国時の隔離が無くなる。
また陰性証明に関しても固定の様式が廃止され、医療機関の検査結果であれば認められる状況となる。
同時に国家衛生健康委員会は26日深夜、新型コロナ伝染病階級を下げたことに伴い、「中国国民の旅行目的での海外渡航を徐々に回復させる」との発表があった模様。
(これまでは「必要がない限り出国しない」という方針)
国家移民局も1月8日以降、中国国民の出国旅行、知人訪問に関する一般パスポート申請の受理を再開すると発表しました。
また香港、澳門地区への通行証なども再開し、一般的な人の来往を回復させていく模様
これらの施策によって、約3年間続いていた中国のゼロコロナによる出入国制限は緩和され、中国消費者の観光目的での海外出国、また海外在住者の中国入国の障壁がほぼなくなったわけである。
2023年1月8日以降の観光目的での出国が認められたことによって、中国の観光サイトなどに春節の海外旅行の関心が高まる。
中国の旅行サイト去哪儿では、発表のあった15分後には航空機国際線に関する検索が一気に7倍に増加。
またC-Tripでも発表から30分で海外の目的地の検索が10倍に、香港・澳門・台湾地区を含む海外の航空チケットやホテルの情報検索も直近3年で最高になっているとのこと。
C-Tripのデータでは、中国澳門、中国香港、日本、タイ、韓国、アメリカ、シンガポール、マレーシア、オーストラリア、イギリスが発表後の検索数増加が最も多い10の目的地で、春節における団体海外旅行に関する検索も一気に6倍まで増加している様子。
同程旅行のデータによると中国消費者の関心の高い目的地トップ3は「日本」、「韓国」、「タイ」で、検索数の多い都市としては「バンコク」、「東京」、「ソウル」、「ロサンゼルス」、「シンガポール」となっている様子。
ユーザーは主に北京、上海、広州の居住者が多いとのこと。
去哪儿では引き続き国際便チケット予約数が増加している模様。国際線の回復率は今年5月の2.5%から7.8%まで回復しているとの報道がなされる。
戸惑いは海外まで。中国からの入国に条件を設置する国も
こうした中国の「突然の開国」に対し、人気観光地となっていたり、また華人華僑が多く住んでいたりという国では、逆に中国からの入国に対してPCR検査の陰性証明を求め、かつ入国時に検査を行うなどの発表がなされた。
日本では入国者への陰性証明の提出と空港到着時の検査、もし陽性であった場合は7日間の隔離を行うと岸田首相が発表。同時に中国との航空便の増便に制限をかけ、取り扱い空港も限定をする方針を取っている。
現時点で中国に対して入国時の陰性証明や検査を義務付けている国としては日本のほか、アメリカ、韓国、オーストラリア、カナダ、インド、イタリア、フランス、カタールなど。
またモロッコは「国籍に関わらず中国からの入国者は一律入国禁止」という比較的極端な対応を示している。
諸外国としては中国が突然実質的なゼロコロナへ展開したのは予想外で、かつその後の感染拡大に対して中国側が明確な対処策を講じていないこと、さらには感染者数の発表を取りやめたり、感染死亡者の定義を変更したりといった対応が、中国国内の感染状況を不透明化させている、把握できないという理由がある。
各国のこうした動きに対して、中国消費者の受け止め方は様々である。
ネガティブな反応をする消費者がいる一方で、実際に、12月30日に日本に入国した渡航者のうち、陽性者の大部分が中国からの入国者であったことも報道されており、自国内での感染拡大を鑑みて感染が広がっている北京や上海などの都市では「やむを得ない」といった理解も存在している様子が見える。
これらの施策が中国消費者の海外旅行先選定に影響するかは、引き続き継続的な観測、調査が必要だろう。
インバウンドはすでに始まっている
とはいえ、目下の状況が長く続くとは思えない。
中国専門のライターや学者の間では、春節期において、こうした施策を取っている国と、取らずに無条件で中国観光客を受け入れている国の状況を観察し、その国のコロナ状況の把握を行うことで、徐々に中国人観光客の受け入れ条件を緩和していくのではないかと予想される。
中国での感染状況の不透明さが問題ではあるが、現地の状況などを直接ヒアリングすることなどで大まかな状況を判断することは可能だと考えられ、感染が落ち着くであろう春以降にはインバウンドの本格的な復活の可能性が予想されている。
ただし、中国の訪日観光が「停止している」と考えないほうが良く、通常のインバウンドとは異なる形式ではあるが、中国から消費者が訪日している。
ビジネス渡航と呼ばれる形である。
実は2022年10月から11月、12月には江蘇省や浙江省、広東省など、各地方政府がチャーター便を飛ばして地元企業の経営者を海外に派遣している。
これらの地域は、海外からの受託生産を手掛ける製造工場が集中しているが、ゼロコロナ政策によって操業ができず、従来の顧客を失っているというケースが発生していた。
経済回復のためにも、地元政府はこうした企業の海外からの案件獲得支援を行う必要があったのである。
前出の江蘇省の各市では2022年10月には地元企業経営者の一団を日本に派遣しており、経済団体や日本の企業などを訪問し案件を獲得している。
こうした訪問団は目的こそ商談ではあるが、同時に日本国内を見て回ったり、買い物の時間を取ったりしている。
まさに観光の下見が始まっているのである。
しかもいずれも経営者という事で、日本企業や政府が思い描く「富裕層」に近い存在なのである。
本格的なインバウンドの戻りは、中国では3月の両会(全人代・政治協商会議)終了後から始まり、早ければ10月の国慶節ごろには本格化するのではないかと予想されている。
ただし、前述の通り日本が入国に条件を科した事による「日本観光離れ」が起こっていないか、また条件を求めなかった東南アジアなどへ観光客が流れないかなどの動きは引き続き注目し、必要があればSNS分析などを利用し、その把握に努めるべきである。
同時に、そうした状況を防ぐ意味でも、積極的な中国市場向けインバウンドプロモーション(認知度向上)施策は売っておいた方がよいと思われる。