2024年9月25日、東京都千代田区にあるグロービス経営大学院 東京校にて、NOVARCA主催のセミナー「インバウンドとグローバルマーケティングのこれから〜国境の先に、新常識を〜」を開催しました。この記事では、セミナーの内容をほぼ全編ご紹介。当日来られた方も、来られなかった方も、インバウンド業界の現在と未来について考えてみませんか?
<モデレーター>
株式会社NOVARCA 濱野智成 代表取締役社長CEO
<登壇者>
花王株式会社 野原聡氏 ヘルス&ビューティー事業部⾨ ヘアケア第1事業部 ブランドマネージャー DX推進リーダー
資生堂ジャパン株式会社 谷川有加氏 Transform戦略推進部 部⻑
大正製薬株式会社 宍戸正臣氏 マーケティング本部⻑
株式会社三越伊勢丹 近藤詔太⽒ 取締役執⾏役員 営業本部 伊勢丹新宿本店⻑
目次
登壇者のご紹介
濱野 まずはそれぞれ自己紹介をお願いします。
花王株式会社 野原聡氏
ヘルス&ビューティー事業部⾨ ヘアケア第1事業部 ブランドマネージャー DX推進リーダー
野原 花王の野原と申します。今、シャンプーなどのヘアケア製品や、お風呂で使うインバス製品の事業責任者をしております。普段は日本人向けマーケティングを担当しております。
実はその前に中国花王に駐在しておりまして、その頃からどうやって日本発の商品を中国で売っていくかということに取り組んで参りました。現在も国内のマーケティングをやりつつ、インバウンドに向けたチャレンジをやらせていただいております。
資生堂ジャパン株式会社 谷川有加氏
Transform戦略推進部 部⻑
谷川 資生堂ジャパンの谷川と申します。日本事業のTransform戦略推進部で、事業戦略や事業企画を担当する責任者を務めております。2024年7月にツーリストマーケティングチームを発足しまして、そこからインバウンドに深く関わらせていただいております。
大正製薬株式会社 宍戸正臣氏
マーケティング本部⻑
宍戸 大正製薬はあまりこういう場に出ることがない秘密主義な会社なんですが、濱野社長とのこれまでのご縁もあり、濱野社長の顔を立てて登壇させていただきました(笑)。
私はマーケティング本部で責任者をやっているんですけど、とにかく国内のマーケターがゼロサム思考過ぎると考えています。国内の需要が伸びないから競争戦略を取ろうと。だから新製品を出したら競合より少し安く売ってみませんかと。馬鹿なことを言うなと。日本のマーケターは絶対ポジティブサムにならないといけません。その際、どこに機会を見出すのかというのが責任者として決める必要があり、バジェットをアロケーションするわけです。
そういう意味では、インバウンドはマーケターをポジティブサムに切り替える、ものすごいチャンスだと思っています。
株式会社三越伊勢丹 近藤詔太⽒
取締役執⾏役員 営業本部 伊勢丹新宿本店⻑
近藤 現在、伊勢丹新宿店の店長をやらせていただいております。本日はマーケティングに携わる方が多くいらっしゃると思いますが、私はそういうことに携わったことがほとんどありません。入社30年目になりますが、そのうち25年間は百貨店で紳士服を担当しておりました。
ですので、今日どんな質問が来るのかドキドキしています。一方で、コロナ禍が明けてインバウンドの売上は伸びていますし、課題もいろいろありますので、自分も気付きが得られるのではないかと楽しみにしております。
株式会社NOVARCA 濱野智成
代表取締役社長CEO
株式会社NOVARCA 笹川剛志
執行役員 ブランドサクセス本部長
インバウンド市場の最新状況
10か国・地域の2024年8月までの訪日観光客数推移
濱野 まずはインバウンドの最新事情について、私からお話させていただきます。2024年8月、中国が韓国を抜きまして、グッと伸びてきているという状況です。

10か国・地域の訪日客数の比率
訪日客数では、韓国、中国、台湾、香港、アメリカの5エリアで90%を占めています。これはファクトデータなので、インバウンドでどこをターゲットにするかというと、まずはこの5エリアが重要になってきます。
またASEANもすごく伸びております。8月はベトナムがグッと伸びているということも観測されております。総じて、アジアおよびアメリカはとても大事なターゲットになってくると思います。

10か国・地域の訪日消費金額とその比率
消費額でも、同じく5エリアで80%を占めているという状況です。インバウンドを見ていく上ではこの5エリアはとても重要ですが、私は次のダークホースはどこなのかということを見ております。意外とベトナムやタイ、シンガポール、フィリピンあたりが伸び始めている状況であるということは、しっかりと捉えていいのではないかと思います。

小紅書「訪日ショッピング」クチコミ数の推移と2024年Q2訪日消費状況
このデータは、左は口コミのビッグデータ、右は在日外国人の費目別旅行消費額となります。消費額のなかでも、買い物と買い物以外に切り分けていくことが大切で、その観点で見ていくと、中国は消費総額が4,420億円に対して、2,200億円と約半分近くが買い物に使われているという特徴がございます。
一方で、同じく消費金額が大きいアメリカを見てみますと、消費総額2,781億円に対して買い物が433億円で、約20%くらいということになります。1,200億円が宿泊費に使われていたり、飲食代に600億円が使われているということで、買い物よりもそちらのシェアのほうが大きい。買い物を目的とされているのはアジア方面となり、メーカー様にとっては今後大事になってきます。

中国大陸における訪日観光の潜在性と航空便回復状況
今後の伸びしろですが、パスポート人口やビザの解禁状況みたいなことを鑑みると、やはり中国が大きいということが言えると思います。

小紅書における「訪日目的地」投稿と「訪日ショッピング」投稿の件数推移
最近よくモノ消費かコト消費かと言われますが、中国のショッピング需要と目的地需要の口コミビッグデータを解析したところ、絶対件数ではまだ買い物のほうが大きいことがわかります。
これは⼩紅書という中国のInstagramのようなSNSのデータです。訪日観光と目的地に関する口コミ投稿が8月ベースで7,800件、買い物に関する投稿というものが8月ベースで1万2,000件と、かなり差があります。すなわち、買い物のシェアのほうが大きいということになります。
コト消費に流れていっているからモノ消費がなくなるということではなく、モノ消費もどんどん伸びています。ただし、コト消費に比重が置かれてきているトレンドがあるというのは事実なので、モノを買っていただくためには、きちんと消費”体験”を演じていかないと、モノが買われなくなってくるという現象が起こっています。

2019年、23年、24年各H1の買い物消費内訳比較
それが顕著なのが、化粧品業界になっております。訪日中国人の2019年の上半期消費額と2024年の上半期を比較すると、化粧品が全然戻っていない、絶対消費額でいうと化粧品が落ちているという状況です。これについてはあとで、谷川さんや近藤さんからお話を聞ければと思っております。
一方で貴金属や時計というものは伸びております。特に宝石や貴金属が伸びてきているという状況です。確実に買われ方が変わってきていると言えます。

中国大陸訪日観光客の化粧品消費の変化
なぜ化粧品が買われなくなっているのか。まず流通網です。これは他の商品にも言えることですが、中国でも手に入るようになったというアクセシビリティの部分と、中国市場全体に価格破壊が起こってしまっていて、実は中国のほうが安く買えるという状況になっています。
あとは、嗜好品としての成熟化と簡素化というトレンドがございます。すなわち、旅行に行ったときにわざわざ化粧品を買うよりも、もっとラグジュアリーなものを買いたいという傾向です。
ほかには、精簡スキンケアというトレンドがあり、たとえば洗顔フォームを使ってローションを使って乳液を使うというライン使いの流れから、強い美容液を1種類だけ使いたいという傾向が強まっており、一人当たり消費額が伸びなくなっているという背景があります。
またよく言われる話ですが、化粧品業界では、日本で買う限定感や特別感が醸成されなければ、買う理由がないという状況があります。これは化粧品だけなのかというと、そうではありません。インバウンドでよりコト消費が増えていったときには、なぜ日本で買うのかという理由付けがない商品は選ばれないということがセオリーになっていくだろうと言えます。
それに対して、医薬品というのはすごく制約があってハードルが高いので、なかなか一般貿易で輸出ができないという側面があります。つまり、日本で買う理由があります。結果として、特に体質などが近いアジアの方々からの日本の医薬品の人気はとても高く、訪日旅行時に買われる人気商品になっています。

日本商品購入における代購の存在感
あと、我々がいろいろなデータリサーチをするなかで、インバウンドと代購(代理購入)のトレンドは切っても切り離せない関係にあります。
代理購入売上と、一般観光消費者売上の比率はだいたい4:6くらいの推移をしています。
代理購入というのは、アジアの文化としてものすごく強いものがございます。たとえばASEANですと、JustipというキーワードをInstagramで検索していただくと、このような投稿がたくさん出てきます。
要は、日本に旅行に行くからついでにお土産を買ってきてほしい人を集めて代理購入してあげるということが流行っていますし、在日外国人の方に日本の商品を買ってもらう、ということがASEANで流行しています。これが2015年くらいから日本で爆買いに火が付いたきっかけになっております。
たとえば、過去に爆買い商品と言われているものは、だいたい代購によって火が付いているということが、我々の分析でわかったことでございます。この代購をどう活用していくかということも、重要なインバウンドのテーマではないかと思います。

インバウンドは海外消費者向けの「ショールーム」
インバウンド業界、資生堂さんではツーリストマーケティングと言っておりますけれど、インバウンドは日本のショールームだと私はよく言っております。日本全土で大きな展示会が行われているということです。来年大阪万博がございますが、何なら万博がずっと開催されているという状況です。日本でしか出会えない商品や、日本でしか味わえない体験、これが日本全国で行われている状態の市場だと思います。
すなわち、グローバルマーケティングやグローバル消費者を獲得していく大きなチャンスなんです。これを捉えていかないといけない。
私は、今ほとんど日本におらず、世界各国をずっと回っていますが、日本のブランドプレゼンスは落ちています。たとえばクルマとか家電という領域でも、一昔前ならばタイの空港で降りてソニーやパナソニックの看板がありましたが、今はファーウェイやXiaomiといった中国ブランドに変わっています。
化粧品の専門店やドラッグストアに行くと、韓国ブランドの棚が強くなっており、日本ブランドはどんどん端のほうに寄せられてしまっているというのが現状です。
そのような中、インバウンドという日本のバイイングパワーをうまく活用してグローバルビジネスの突破口にしていくということは、欠かせない戦略であると思っておりますので、今日はこの辺を皆さんと一緒に掘り下げていきたいと思います。

今後のインバウンドの方向性
あと、伊勢丹さんの話にも出てくると思いますが、今後CRMを作れるかどうかというのが、インバウンドマーケティングの生命線になってくるのかなと思っております。
インバウンドを活用したグローバルCRMをどう開発するのか。直営店や直接的な顧客接点がないと厳しい部分もありますが、どうやってSNSのフォロワーを集めて、CRMを機能化させていくのかということが重要です。
インバウンドをインキュベーションセンターとして機能させる〜花王〜
濱野 ここからは各社のインバウンドの取り組みについてお話いただきます。まずは野原さんからお願いします。

中国消費者のインサイト探しからプロモーションまで
野原 先ほどインバウンドはショールームだという話がありましたが、私は中国にいたときから、インバウンドはインキュベーションセンター、つまりプロダクトライフサイクルの導入期として機能していたなと思っています。
中国ではそれを成長させる、成熟させるということをやっていたのですが、日本に帰ってきてからどうやってインキュベーションをするかということを考えて、まだ成果としてすごく出ているという感じではありませんが、今はいろいろチャレンジしている段階です。
inesはあまり認知がない商品で、かつ日本でもかなり流通網を狭くしている商品です。しかしこのブランドをあえてインバウンドでプッシュする商品に選定したのは、まず中国で販売されていないということと、日本でしか買えないというところが理由です。
そして中国にいてすごく感じたのは、やはり日本人と中国人ではニーズそのものと、知覚品質の捉え方がかなり違うことです。そのようなことをNOVARCAさんと一緒に事前に調査させていただきました。
日本では、シャンプーは美髪やダメージケアというニーズがありますが、中国では育毛とスカルプケアがトップニーズなんです。女性でも25歳くらいから育毛を気にし始めます。
そのようなことをできるだけ低コストで先に調べておいて、我々がインキュベーションしたい商品は何だろう、どうやって売るかの前に何を売るかということを的確に捉えていくことを最初に行い、カテゴリのニーズを確認しております。
その確認をしたなかで、気付いたことがあります。inesはスクラブ型のシャンプーなのですが、意外とスクラブは中国にはありません。しかし知覚品質的に好まれていて、スカルプケアのイメージもあって、使った評価もいいということで、今、この商品の売り込みやプロモーションをやっています。
具体的には、代購の方やセラーの方を日本のサロンに呼んで、そこでシャンプーを体験してもらってエデュケーションするということを繰り返しながら、プロモーション施策を打っているという状況です。その場でライブ配信をして売っていただいたりすることで、結構売れたりしているので、これからチャンスがあるのではないかと思っています。
濱野 分析している時間があったら、現地で消費者感覚をつかみたいという意見もあると思いますが、あえてしっかりと勝ち筋を分析するという野原さんのポリシーというか、マーケターとしてどう思われていますか?
野原 日本で売れているものを海外で出せば売れるだろうという感覚を弊社でもたまに持っていたりするので、そういうことは許せなかったという部分はあります。そのような中、昔みたいにちゃんと調査する必要はまったくなくて、SNSを分析して、簡単にHUTしてしまえばよくわかってしまいます。そういうところは、何の商品で戦うのかを決めるためにやっているという感じです。
濱野 野原さんはデータを1見たら10わかるタイプですよね。以前、メリーズが売れなくなった理由の分析を一緒にした記憶がありますが、まずデータから入る。データドリブンで仮説を立てて、仮説を検証していく。それがスライドの左側の動きです。
もうひとつ分析の話と同じように、スライド右側の仕組みはいわゆる⼩紅書を使ってプロモーションをしていくのはもちろんですが、売りながらPRしていくという取り組みです。
どういうことかと言うと、弊社のソーシャルコマースのプラットフォームを活用いただいていまして、ソーシャルセラー(代購事業者)にPRを仕掛けて、売ってもらいながらPRをして、インバウンドで仕掛けていくという取り組みをしています。
ソーシャルセラーを使うことに賛否両論があったりしますが、使っている理由をみなさん知りたいのではないかと思います。
野原 正直、弊社の商品で最終的に中国で何百億円という売上になった商品は、最初インバウンドで火が付いて、代購で火が付き、越境ECで流れてそれをわかってようやく法規制をクリアして中国国内で発売という成長曲線を描いています。
代購をうまく使うことが、向こうでのいわゆる口コミ自体を増やしていけるということになります。いきなりマーケティング予算をバーンとかけるわけにはいきませんので、小さい予算のなかで試していくという場合には非常に有効ではないかなと思います。
横断的なチームビルディングに必要な3つのこと〜資生堂〜
濱野 次は資生堂さんにお聞きします。資生堂さんとはツーリストマーケティングの取り組みについて戦略的なパートナーシップを発表させていただきましたけれど、今取り組んでいることを示したのが、このスライドになります。こちらを含めて、資生堂さんの取り組みについてお話いただければと思います。
谷川 私は、ツーリストマーケティングを進める上でのリーダーシップのようなところをみなさんにお話ししたいと思っています。
先ほどお伝えしたように、この7月にツーリストマーケティングチームが発足しました。社内の位置付けとしては、コロナ禍前はインバウンド需要を潤沢に受けていましたが、コロナ禍以降を経て、訪日外国人のみなさまを生活者として捉えて、機会をいかに見出すかということがとても重要だということになりました。それが、日本事業の新しい市場創造のイニシアティブのひとつとして掲げられたということもあり、専属チームの発足となりました。
そういう意味では、ツーリストマーケティングチームがあって、ブランドチームや営業チームは違う事業部門になりますので、それらのチームが協働しながら流通各社さんとの取り組みをさせていただく形になります。
NOVARCA様には、戦略的なアドバイスやワークショップなどのナレッジの蓄積、マーケティング施策の実行や検証を連携させていただいております。ご覧のように、マーケットをいかに知るかというところが非常に重要になってきますので、そのような枠組で進めさせていただいています。
濱野 号令が会社として出ているというのは前提としてありますが、ブランドチームや営業チーム、ヘッドクォーターもあってジャパンもあってチャイナもあって、ステークホルダーが多い状態ですよね。その辺りをどうやって巻き込んでいっているのでしょうか。
谷川 ツーリストマーケティングチームの担当になるというときに、私自身そもそもまったくナレッジがない状態でした。そのなかでリーダーシップを発揮するために大切にしたことが3つあります。
ひとつは、ビジョンの共有です。そのビジョンとは、ジャパンビューティーの体験で世界をつなげるというものです。それをゴールにしながら還元するステークホルダーに共有するように心がけています。
ビジネス上、インバウンドの売上を上げるというのは最後のコミットメントではありますが、やはり生活者を起点に、日本ならではの体験を伝達して買っていただくことが非常に重要ですし、それがバズになってジャーニーが強化されていきますので、ビジョンの共有をすることで会話も変わってきます。
ふたつめが、現場ですね。私は街の歩き方とか見方が変わりました。大阪の心斎橋、東京の銀座といった、訪日外国人のお客様が訪れる場所に行くようになりましたし、WeChatと⼩紅書を自分もダウンロードして見ています。
コロナ禍以降から、SNSのトレンドで訪日外国人の方々の情報のキャッチアップが加速度的に進んでいますので、そこはチームメンバーもしっかりキャッチアップしていくことを心がけています。
最後がナレッジの蓄積です。事例を挙げると、弊社の場合カウンセリングという強みがあります。中国ではECが強いため、POPも見ずカウンセリングも受けずに、単純に商品を買うという購買行動が普通なのですが、訪日されるとカウンセリングを体験したいという要望が非常に強いドライバーになるというのを伺っていました。指名買いで来られる方もカウンセリングを体験して、よりお買い上げいただける個数も上がっていくというのも実際わかっています。
そういったことも踏まえて、ビジョン・現場・ナレッジ蓄積という3つを大切にしながらチームビルディングをして、プランを精緻化していこうと思っています。
濱野 (会場に向けて)社として、インバウンド事業がキーイニシアティブになっているという会社はどれくらいいらっしゃいますか? インバウンドは会社の三大戦略のひとつになっているというのは?(会場でちらほら手が上がっている程度)。私も客観的に見ていると、意外とまだなんですよね。これが結構大事なんです。そこを、谷川さんが旗を振って横断でやっている。
もともと資生堂さんのツーリストマーケティングチームは、2020年までインバウンドに取り組んでいたメンバーも含めて組閣されています。結構わからないなかでも知っているメンバーがいるので、ナレッジがそこで共有されていて、うまくスタートを切っていらっしゃるなと思います。最初は現場の方々も「インバウンド?」みたいな感じから、オセロが黒から白に変わっていくような変化があるので、すごく楽しみですね。
谷川 そうですね。日本のローカルに集中をしていくことに加え、よりツーリストというチャンスを見つけていきたいと思います。
先行者優位を狙い早期からインバウンドに着手〜大正製薬〜
濱野 インバウンドの取り組みにおいて、相当早い段階から取り組んでいる印象があるのが大正製薬さんです。宍戸さんにお話を伺いたいと思います。
宍戸 まず最初に、やっぱり餅は餅屋じゃないとダメだと思っています。インバウンドについては、インバウンドに強い会社にしっかりサポートしてもらうこと。だからNOVARCAさんにお願いしているということを最初に言っておきます(笑)。
次のこのスライドは、2018年以降の前年比成長率をインバウンドとインバウンド以外で分けてみたものですが…(非公開情報のため以降の該当箇所は非記載となります。次回以降はぜひオフラインでご参加ください)
先ほど言いましたが、30年間日本はデフレで、どうやって薬をさばこうかという発想だと機会が見つかりません。ディシジョンメーカーとして、売上が取れるところにきちんと予算を充てていくというのは当然ですよね。
なおかつ薬というのは、薬機法1条に有効性と安全性があります。だからやみくもに、うちの薬や医薬部外品や健康食品がどんどん売れればいいという商売をしてはいけません。
しかも薬機法66条には、虚偽誇大広告の禁止があります。グレーゾーンで人を騙すような商売は絶対してはいけない。ということは、うちの商品を正しい情報で海外から来たみなさまに買っていただけるという信念がないと、このビジネスは危険です。
なぜかというと、我々は2つの観点で見ています。自社ブランドが海外でも展開するブランドか、インバウンド需要しか取れていないブランドかでは、大きくやり方が違うということです。
何かと言うと、旅マエ、旅ナカ、旅アトというNOVARCAさんの教えがあります。旅マエ、旅ナカはいいとして、旅アトの越境ECでもし安売りが起きてしまったとします。安売りが起きて現地でものが安く買えるんだったら、インバウンドで買う必要がなくなります。国内の需要が減ったら我々メーカーの小売に対するポジションはどうなるんでしょうか?
売り手の交渉力を失ってしまうことになります。こんなことをやっても意味がないと。前提として、絶対ブランドダメージをさせてはいけない。インバウンドに出て、◯◯製薬さんはダメだな、どうしようもないメーカーだなと思われたそこで終わりなんです。
パブロンってやみくもに海外の人に売ってるの? あんな無責任なメーカーの商品買う? っていう状態にしてはいけません。だから餅は餅屋(NOVARCAさん)に任せて、きちんとした情報を届けて、正しいやり方で稼ぐことによって、小売に対するメーカーの交渉力が強まる。これがインバウンドの戦略のひとつだと思っています。
もうひとつ、ビオフェルミンという整腸薬、ご存知だと思います。とてもいい商品ですよ。インバウンドでは、台湾の方の購入がとても多いんです。そして日本では、台湾では売っていないハイスペックなアップセルのものを発売しています。
このような、日本でしかできない、買えない体験があると、それは将来的に現地で展開できるということになります。台湾の方が日本に来て、台湾で売っていないアップセルのものが売れたら、数年後そのアップセル商品を現地で投入します。そしてその後、我々はまた違うエクステンションをします。そうするとエコシステムができあがります。これは現地でブランド展開している商品と展開していない商品で分けて考えないといけません。
インバウンドというのは、ものすごいオポチュニティがありますが、リスクテイクもちゃんと考えなければいけません。それから、やってはいけないものに関してはリスクヘッジをちゃんとしないといけない。リスクテイクとリスクヘッジを間違えると危険なので、ちゃんとインバウンドをわかっているNOVARCAさんとやるというのは、僕は投資に見合った活動だと思っています。だいぶNOVARCAさんの宣伝しましたね(笑)。
濱野 ありがとうございます(笑)。私たちは大正製薬様とコロナ前もご一緒にやっていたんですけど、2021年くらいから結構仕掛かりが始まったなという記憶があります。あのとき誰もが、「インバウンドなんてまだ戻ってきてない」という感じでしたが、そこに張ったというか、タイミング的に先に出たというのは何か理由があったんですか?
宍戸 それはもちろん先行者優位を取りたいからです。それから、すでに中国ではものすごいスター商品になっているものがありました。10年くらい前の話です。そのときは訳がわからなかったのでとりあえず静観していたんですけど、これはちょっとまずいぞと。我々は製薬会社だから適正に売らないといけないということで、多言語のブランドサイトや多言語のPOPで対応してきました。
そこまではプルだったんですよ。だけどこんなにオポチュニティがあるところに投資しなくてどうする、となりました。ネクストスター商品と育成商品というのをきちんとプロジェクトのなかで決め、これらを宣伝して持ち帰ってもらおうと、プロダクト戦略的にも考え出しました。だからこそ投資を決断したんです。
濱野 わかっていても、なかなかそこにいけませんよね。本当にROIとして返ってくるのという議論は、必ず起こるじゃないですか。それはどうしたんですか?
宍戸 この事業は、ちゃんとやればROIは返ってきます。新製品に突っ込んだほうがよっぽど怖いですよ。
弊社は、日本初の内臓脂肪減少薬のアライという商品を出していて、それなりに成果が出ているんですけど、投資に対するリターンだったら厳しいですよ。でも、インバウンドへの投資だったら全然返ってきますから。濱野(NOVARCA)さんに払ったお金に対して、いい感じで返ってきてますので(笑)。責任者の立場で言えば、全然入れやすいインベストメントですね。
濱野 具体的な証明というか説明をしていったんですか?
宍戸 KPIの立て方として…(非公開情報のため以降の該当箇所は非記載となります。次回以降はぜひオフラインでご参加ください)
大手百貨店は「高感度上質戦略」と「CRM戦略」に注力〜三越伊勢丹〜
濱野 ここからは近藤さんにお話を伺います。メーカーさんにも、伊勢丹さんや三越さんの売り場を獲得場の戦略的チャネルとして連携しましょうという話をよくしています。
近藤 ではまずは、伊勢丹新宿店のインバウンドの状況をお話したいと思います。まず、オレンジのところが2018年、2023年、2024年予測の新宿店の総額売上になります。2018年が2,940億円、2023年が3,700億円、2024年が4,110億円くらいいくのではと考えています。
2018年から比べると1,000億円くらい伸びています。これは首都圏のお店に共通して言えますが、他の地域は結構厳しくて、首都圏はまあまあ堅調かなというところでございます。
こちらがインバウンドの売上になります。2018年が293億円、コロナ禍前のトップの売上でしたが、それが2020年、2021年と落ち込み、2023年が501億円。今年は850億円まで行くのではと予測しています。2018年は総売上の10%ほどのシェアでしたが、2023年で14%、2024年が20%強というところまで上がってきています。
このスライドの左側は、先ほどのNOVARCAさんの資料でもありましたが、どの国、エリアが強いのかというところを示しています。我々のところではアメリカが6位になっておりますけれども、中国、韓国、台湾、香港、タイといった国で約8割の売上シェアになっています。
右側は購買金額、いわゆる客単価です。2018年度から比べ、2023年には1.5倍になり、2024年は2018年比で160%になっております。
一番下に100万以上のお客様という項目がありますが、これが平均250万円くらいの売上ですね。このお客様が年間…(非公開情報のため以降の該当箇所は非記載となります。次回以降はぜひオフラインでご参加ください)
外商は日本人に付くというイメージがあると思いますが、高単価の海外のお客様もしっかり外商でやっていくというチームを作っておりまして、そういった効果が現れているのではないかと思います。
このスライドの上にあるのが、カテゴリ別のシェアになっております。左が2018年度、右が2023年度です。爆買いの傾向が見られた2018年度は、化粧品のシェアが一番高かったのですが、2023年度はラグジュアリーブランド、宝飾系の高額品が売上を伸ばしておりました。
下のほうの左側が、我々のお店のなかでの2018年の免税売上トップ10ブランドとなっており、右が2023年のトップ10となっております。…(非公開情報のため以降の該当箇所は非記載となります。次回以降はぜひオフラインでご参加ください)
2018年は5つの化粧品ブランドが入っていましたが、売り場がなくなってしまったというところもございます。このままだとちょっと化粧品業界は厳しいなと見えますが、2024年度に入って、化粧品のインバウンド売上が復調しています。館全体のインバウンド売上に対するシェアも増えていまして、買い方もちょっと変わっています。
このグラフのグレーが2018年、オレンジが2023年、ブルーが2024年ですが、6月で2018年と同じレベルまで復活し、7月は勝って8月でまた負けちゃったという状態です。傾向としましては、高級品のお求めが多くなりました。2017年までは一品単価が7,000円でしたが、2024年は1万1,000円ということで、一品あたり4,000円上がっています。
一人当たりのお買い上げ点数も、2018年は9点でしたが、2024年は4点ということで、5点減ってしまいました。しかし単価は上がっています。日本のブランドがすごく人気になりまして、化粧品、乳液、クリームなどをシリーズでまとめて購入される方が増えてきております。以前のようなカタログを見せて、これ10個くださいという買い方が減ってきたかなと思います。
肌診断や施術を付けて、そのなかで選んで買っていくという方が増えているという形です。
こちら、我々新宿店のインバウンド売上となっております。4月は65億円、5、6、7月と70億円を超えていましたが、8月が51億円と20億円ボリュームが下がっています。やはりこれは、南海トラフ地震への懸念感から来店が減ったということと、円高の影響があり、購買単価が落ちてきたというのが要因です。
最後に、我々の目指している戦略的なことについて2つお話させていただきます。現在当社では、高感度上質戦略を掲げています。高感度上質消費とは、生活にこだわりを持って上質で豊かな生活を求めるお客様の消費のすべてを指すもので、高級品だけではなく、日常とハレの日、年1回でも月1回でも、ひょっとしたら一生で1回のお客様でも、きちんとご利用いただきたいということに対して、最先端のファッションと高感度高品質でこだわった商品でお応えしていこうという取り組みです。
特に人気ブランドの、今だけしか買えないとか、ここだけしか買えないという限定性の高い商品の提案というものを、各メーカーさんとコミュニケーションを取りながら協業でやらせていただいているのが現状です。これは日本人だけではなく、海外顧客にも重要ですので、そういった意味でインバウンドと国内を提供価値として分けていくということではなく、同じではないかという風に我々は見ております。
こちらは、顧客とつながるCRM戦略です。これも、日本人のお客様とインバウンド、同じでございます。集客から始まって、識別化、優良顧客化、生涯顧客化という流れでCRMを回していきたいと考えています。
集客といいますのが、先ほどの高感度上質な品揃えを充実させることによって、これを海外顧客向けのSNSやタウン誌へ展開する。このあたりのことをNOVARCAさんと色々と話をさせていただいております。
このような形でうちのお店に一度来ていただくと、お客様がお買い上げいただいた瞬間に、ゲストカードという5%お値引きしているカードを使っていただき顧客を識別していきます。また、2025年3月くらいに、海外顧客向けのアプリを作ろうと思っていまして。そのようなところでお客様とつながっていく、つながることができたら、購買傾向がわかりますので、お客様の求めている情報を適切に出していく。
我々の今わかっている情報では、海外のお客さまは1年に1回しか来店されないとか、何年に1回しか来店されるかわからないというところもあると思いますが、実際は複数回来店されているという方も多くいらっしゃいます。
週末だけ来店されるというお客様もいらっしゃいますし、多い方では10回、20回とお越しになっている方もいらっしゃいます。ですので、日本人同様にCRMを回していくことが非常に重要かなと思います。
最後の生涯顧客化というところですけれども、こちらに関しては、百貨店ならではですけれど、外商がありますので、これを海外のお客さまにもしっかりとやらせていただくことによって、1on1の提案、アナログの価値というものをしっかりと出せていければと考え、今やらせていただいているところでございます。
濱野 なかなか普通ではアクセスできないデータを共有いただきましてありがとうございます。スピーカーの皆さんから聞きたかったことなどありますか?
野原 国別の客単価の伸びはどうなっていますか?
近藤 中国が伸びていますね。
谷川 韓国が第2位ですが、あまり化粧品買われないと思いますが、韓国の方の売上が大きいのは宝飾品ですか?
近藤 宝飾とラグジュアリーブランドが多いですかね。特にラグジュアリーブランドではセリーヌさんが韓国でのものすごく高いシェアがあります。
インバウンドは地理的拡大が無限大。大正製薬のインバウンド戦略
濱野 大正製薬さんの中国以外の取り組みについてお話しいただきたいと思います。
宍戸 インバウンドのメリットは、地理的拡大が無限大というところです。あと30年後、2055年には日本の人口は1億人を切ると予想されています。これに伴い、同じラインアップで同じゼロサムで売れたとしても、売上が20%減になるので、どうするかという問題が出てきます。
新製品を作らなければいけませんし、新しいドメインにも出ていかなければならない。新規事業の立ち上げもやる必要があります。そのなかで、今ある需要に対応できるのがインバウンドなんです。
その考えで、在日ベトナムKOCの方に勉強会を1回やったんです。アルフェという鉄分の入った粉末状のコラーゲン商品があるのですが、これをNOVARCAさんを通して勉強会を1回開催しただけで、僕らは何もしていないのに、彼らがすごくいいものだと言って拡散してくれました。
それでいつの間にか楽天の在庫がゼロになってしまって。現地からの依頼で、訪日したベトナム人がアルフェを買ってくれるようになりました。そうなると、日本のシェアとインバウンドのシェアは、同じカテゴリ内で全然違うことになります。これがインバウンドの魅力です。
本当にいいものを現地の人の感覚と言葉で拡散してもらえれば、日本に来たときに我々の最もいいと思って世に出している商品を手に取ってもらえて、それが需要になっていくというのが魅力です。
濱野 商品がいいからという前提がありますが、そもそも情報が届いていないということにチャンスを見出して、届ける。しかも製薬だと難しいわけじゃないですか。広告ができないということで。
結構工夫されて情報拡散されているなかで、ベトナムですごく成果を上げられて。SKUとのマッチ度もあるのかなと思いますけど。
野原 東南アジアと昔の中国の買い方が結構似ているという話をされていたと思うんですけど、いわゆる爆買いみたいなことがあったりするんですか?
宍戸 僕の感覚ですが、日本はマスが効かなくなってしまいましたが、ベトナムや東南アジアはまだマスが効く。だから、ある程度マスで情報が回ると、めちゃくちゃ爆発します。一昔前のマーケティングが意外と効果的で、手に取っていただけます。
濱野 私は、デマンド(需要)とサプライ(供給)のバランスだと思っています。要は、情報供給や商品供給に対する需要度や向こうの欲求というものが、中国や日本は成熟化に向けて供給が過多になってしまっていて、もうKOLやKOCの投稿も見飽きているという感じになっていて、それ自体に信頼性がなくなってきています。
東南アジアは逆で、KOLの投稿で「何この商品?」という感じになります。なぜなら情報供給が少ないので、需要のほうが高いんですよね。ただ、市場規模でいうと中国のほうが大きい。
宍戸 東南アジアはまだ機会が残っていると思います。
インバウンド需要の開発の課題と対策
濱野 インバウンドがうまく言っている企業とそうじゃない企業の違いについて、笹川さんはどう分析していますか?
笹川 業界業種によってもかなり違いはあると思いますが、インバウンドをただの消費行動だと捉えているか、グローバル向けのマーケティングエンジンだと捉えているかによって大きな違いがあるのではと思っています。
つまり、短期的な店舗売上だけを追いかけていると、成果が明確に見えずにそこで終わってしまう。そうではなくて、中長期的な戦略を作って、インバウンドだけではなくグローバル、アウトバウンドというところも含めた戦略を設計できる会社が、うまくいっているというイメージはあります。
濱野 ありがとうございます。会社としてキーイニシアティブになっているのかということもありますし、最初KPIが返ってこないということも多々ありますが、先ほど宍戸さんも話していましたが、中長期的には返ってくる。これを信じられるかどうかも大事ですね。
よく鉛の弾を打ち続けたら銀の弾がでてくるみたいな逸話があったりするんですけど、要はチャレンジの数がない限り、果実はとれないんですよね。それが返りがないからといって1回で止めてしまうと、果実はとれないということで、チャレンジし続けることがすごく大事なのかなと思います。
宍戸 海外事業をきちんとやっている企業さんか、そうじゃないかで全然違うんですよね。弊社も海外売上が半分くらい来てるんですけど。とはいえ、海外の現地をM&Aしている企業さんは、日本のブランドを持っていくと結構やっかいなんですよ。スタンドアロンで向こうできちんとやっている、向こうの収支で回るという状態にしておかないと、日本のものをPMIして融合させていくというのはとんでもなく大変です。
だとすると、日本のブランドを世界ブランドにするんだったら、現地のリージョナルにきちんと寄り添ってマーケティングしなければなりません。日本のものを持っていって、ほら売れたなんてことは絶対ないと思います。
野原 おっしゃるとおりだなと思っていて。最終的には現地で勝ちたい。そのための手前のところでインキュベーションしてインバウンドがあるということを全体でやる必要があります。そういった中で、さっきの大正製薬さんの商品選びの基準がどうだったのかが気になります。
宍戸 これについては、NOVARCAさんに、中国でのヒット商品や、強いカテゴリ、弱いカテゴリなど、全部調査して見てもらったんですよ。我々のなかでニッチでもいいからチャンスがありそうなものはどれかということを洗っていって。
たとえば、子ども用は中国に全然ない。だったらしまじろうが人気だから、インセンティブを払ってでもしまじろうをキャラクターにして、これをネクストスター商品にしようと。一応データに基づいて決めています。
一番売れている商品には、そのエクステンションラインを当然入れます。あとは需要がありそうなもの。たとえば、中国の人は痔を自覚している人が多いけど、痔の薬はあまりない、等の考え方で選定しました。
谷川 ポートフォリオに関してはすごい重要だと私も思っておりまして。弊社の場合グローバルブランドがありますから、注力するブランドはある程度決まってくるんですけど、そのなかでも日本で注力している商品やSKUというよりも、ツーリスト専用のSKUポートフォリオをしっかり定めて、投資もそこに集中させていくというのは、マーケティング上すごく重要だと思っていた矢先、宍戸さんも取り組まれているので、先駆者もそうされていたんだなと感じました。
谷川 ニッチな商品が勝手に売れ出しているという機会をいかに見つけるかも楽しいですよね、インバウンドマーケティングでは。
濱野 勝手に出てきている機会もあるんですよ。ある商品がだんだんと売れ始めている。なんで? というところを掘っていく。なんで? を掘り下げないで、売れているからとあぐらをかいていると、再現性がなくなってしまいます。過去に爆買い商品に支えられてましたが今は売れていません、どうしたらいいのかという相談が多いんですけど、売れているときになんで売れているのかをしっかり分析して掘り下げないといけないと強く思っています。
宍戸 絶対そうですよね。要はポテンシャルが伸びている時って、入れなきゃダメじゃないですか。だけどゼロサムでポテンシャルが縮小方向になったときに、みなさん投資します? 効率化にもっていかなかったらロスしますよ。機会が見えたらそこに即座に投資を入れられるかどうかという、ディシジョンメイクのスピード感が、今の時代においては極めて重要だと思います。
インバウンド事業での組織作り
濱野 その他、今課題を感じていて、相談したいという方はいますか?
野原 僕は、組織の話がおもしろいなと思っていて。弊社ですと、縦型で事業部でブランド管理しているので、そもそも一番大事なのは何を売るか、どこで戦うかを決めるかだと思っていて。そういった意味では、資生堂さんの横串の取り組みは非常におもしろいなと思って聞かせてもらいました。
谷川 旅マエでFacebook、TikTokで現地の方向けにやるとなっても、現地リージョンからすると「いやいや待って」みたいなところもあったりします。また、グローバルブランドをどういう風に、ブランドエクイティを保ちながら、ジャーニーのなかでそれぞれのリージョンが関わって蓄積していくかというのは、特にデジタルがこれだけ加速しているマーケティングのなかでは、お互いのことを考えて判断していくのは非常に重要かなと思います。
宍戸 実はうちもインバウンドはプロジェクトで動かしています。要は、バジェットを持っている人の直下のプロジェクトにしないと動かせないんですよ。バジェットを持っている、権力を持っている人の直下で5人くらい有能な人を集めてプロジェクトを作って、一気に回したほうが早いですね。
濱野 かつ営業も巻き込んでいますよね。巻き込みは結構大事だと思います。逆にプロジェクト化が進まない理由はなんでしょうか。
野原 ひとつはディシジョンメーカーのような方がいらっしゃらないというのは、うちのなかではあるかもしれないと思います。進めたいマインドというか、キーイニシアティブになっていないというのはちょっと思います。
メーカーと小売店との協業の可能性
濱野 そのほか、聞きたいことはありますか。
近藤 今日はマーケティング寄りの話が中心でしたが、みなさんが我々のような小売を使う場合、どういうふうに使いたいと思っていらっしゃるのか興味があります。
濱野 メーカーさんは、リテールさんのパワーをうまく機能化させていきたいという熱い想いをもっていらっしゃるんですけど、意外と届いていないこともあります。リテールさんも一緒に組みたいと思っているけれども、それぞれが届いていないことが結構あると思っているので、ぜひ議論していただければ。
谷川 結構いろいろありまして。ここではなくて後でちゃんと商談したいなと思っているんですけど(笑)。富裕層のビジネスを今後化粧品業界でどういうふうにもう少しプッシュできるのかというのは、協業したいひとつの要素だと思っていまして。
近藤 確かにそうかもしれませんね。
谷川 たとえば、カウンセリングのメークアップ等も、2、3万円ではなくもっと高額なものをという需要があると伺っています。そういう場所の提供や、新宿界隈や銀座界隈のなかで、体験サービスツアーを組むとか、そういうことを小売さんともっと協業できたらいいなと思っているんですけど。
近藤 そういうことはできるかなと思っています。銀座や表参道に直営店があるブランドさんは結構多いと思いますが、そのようなところに我々の外商のお客様を、外商チームがアテンドしてお伺いするという。
残念ながら、百貨店の各ブランドの店舗は、直営店に比べたら狭いと思います。品揃えにも限界があるので、顧客体験として直営店で商品を見てもらって。でも、外商のセールスが一緒に付いているということがすごく大切だったりするので、そういう形でいかに顧客体験を上げつつ、最終的に買っていただくかということをいろいろやっている事例はあります。
谷川 最終的には御社でお買い上げいただくと。
近藤 いやらしい話ですけど、入金はうちにしていただくことになるんですけど(笑)。そこで決めていただいて、うちで購入していただくということをラグジュアリーブランドや宝飾時計のブランドではやっています。
一緒に勉強会もやっています。お互いの販売担当者が一緒にブランドの歴史から商品のことなどを勉強して、相互に紹介し合うということもやっています。
濱野 リテールというくくりで行くと、百貨店の他にドラッグストアもそうだと思いますが、ドラッグストアさんとの取り組みについてはどうでしょうか?
宍戸 少し違う話になってしまいますが、ブランドダメージについてどう考えるかというのが重要です。僕はインバウンドに取り組んで、すごくよかったなという副次的効果が、国内商品の単価が上がってきていることなんです。
インバウンドで買うのに、価格見て買いますか? 買わないでしょう。日本はコモディティ化が進んで、何でも安くするのが日本の慣習になっています。しかしインバウンドでは、ちゃんと価値を感じていただいて、欲しいと思っていただければ高い値段で売れるわけです。しかも物流から原材料から、サプライチェーンはこんなに上がっているわけです。適正な値上げをしなければダメですよ。メーカーよがりの値上げというのはダメですけど、その価値と価格が合うように。
アダム・スミスの「見えざる手」じゃないですけど、需要と供給のバランスを取ったきちんとした価格に持っていくということについては、インバウンドはすごい副次的な効果がありました。
メーカーにとって単価が一番営業利益に直結するんです。数量1%伸ばすより、単価1%伸ばすほうが営業利益に対する影響度は6倍くらい違います。数量伸ばすより単価上げるほうが、みなさん儲かるんですよ。みなさん給料上がるんですよ。上がれば、インフレになっても世の中の経済が回るんです。日本の経済がよくなるという好循環を作っていくという点で、インバウンドはいい機会だと思います。
濱野 多分、宍戸さんくらいの熱量がないと、社内説得もできないし、リテールさんとの交渉もできないという話もありますよね(笑)。このビジネスにかけている想いを経営に対して訴えていくことも大事だし、ステークホルダーにも訴えていく。これがないと、キーイニシアティブにならないというのはあると思います。
野原 ブランドダメージの件、一番きついのは、インキュベーションに対して彼らが買っていったあと、越境ECなり向こうに出て行ったときの価格下落がブランドダメージが大きいので、最初からそこを見据えておくというのはすごく大切です。代購とかC to Cは向こうの価格をかなり壊していくので。最初からそこにマネジメントしていくというのはすごく大切だと思います。その意味で、NOVARCAさんのC to Cをマネジメントするプラットフォームはとても重要な機能だと思います。
宍戸 それは同意見ですね。越境ECはちゃんとマネジメントしないと、負のサイクルに入ってしまう。
濱野 ほんとに火が付いて、もうどんどんC to Cで流れてしまって、それは止められない。グローバルがボーダレスになっているので、止められないので先にマネジメントしておく。代購やC to Cをチャネルとして認めて、彼らに対して価格コントロールができるパワーバランスを持っておくということをやらないと、せっかく売れ筋商品が開発できても、どんどん価格破壊されていく。C to Cのマネジメントは重要なテーマだと思います。
質疑応答
濱野 ここからは会場のみなさんからの質問に答えていきたいと思います。
Q. 2025年度はインバウンド需要獲得に向けた投資を維持しますか、減らしますか?
濱野 谷川さんと宍戸さんと近藤さんは増やす。野原さんはわからない。多分、大半が野原さんのような企業さんなのかなと思っていまして。今、野原さんがどうやって資金を捻出しているかというと、日本側の広告全体予算をマネジメントできるので、そこからちょっとずつトライアルに寄せていってるという感じですよね。
野原 そういう形です。
濱野 一定、返りの成果が出てくると。
野原 それは踏み込むって形ですね。
濱野 あるいは社として、キーイニシアティブになって突っ込めという形になると変わってくると。
野原 そうなります。
濱野 成功事例とかを小さく作っていくのが大事なのかなと思います。
野原 おっしゃるとおりで。うまく小さく回して、成功事例をちょっとでも作れれば、そこに対して踏み込みに行くという感じになると思います。
濱野 これは前回のセミナーでもお伝えしたんですけど、私が見ている限りのフェーズ分解をすると、リサーチフェーズの会社さんとトライアルフェーズの会社さんと、検証の上投資拡大するという大きく3つのフェーズがあるなかで、だいたい数百万円単位でリサーチや検証、トライアルをするという形で、各ブランド単位で1,000万円から5,000万円くらいはぐっと初期検証に踏み込んでいく。さらに検証してこれは踏めばいけるという確証ができてくると、億単位でお金をつぎ込んでいくというケースが多いかなと思います。
野原 おっしゃるとおり。ここで一番大事なのは、タイミングを間違うとすぐなくなるということです。踏めるときにちゃんと踏まないとダメというのが一番のポイントです。弊社でも、リーゼとか踏めているやつはうまくいっていますけど、踏めなくてキャズム超えられなくて沈んだというのも結構あるのかなと思っています。
濱野 次の質問です。
Q.今後ASEANエリア、インドの可能性についてどう考えていますか?
谷川 ASEANは強化です。国籍の多様化もしているので、ツーリズムマーケティングにおいては、中華圏以外のところも強化していきたいと思っています。
濱野 インドはまだ訪日はあまり多くない。
谷川 ツーリストマーケティングという観点では、インドはそこまで視野に入れていません。
野原 グローバル戦略としてのインドはとても大事です。確かに、インバウンドという意味ではまだそんなには来ていないと思いますけど。
濱野 次の質問です。
Q.海外に現地法人や代理店がある場合、日本国内のインバウンド売上増加に伴う、現地からの売上流出ということが認識されて社内で話がうまく進みません。これはどのようにクリアしていますか?
谷川 そういう意味では、会社としてツーリストマーケティングに取り組んでいくというイニシアティブになっているので、クロスボーダーでしっかり売上を作っていくという観点で、グループ全体の売上を含めてゴールがどこなのかという判断になってきます。そこは、これからやっていくなかでバランスをとっていくという話です。
おっしゃるとおり、立ち上げて進めていく上では、現地リージョンとのバランスや進め方が難しかったりするので、各社さんがぶち当たる壁なのかなと思っています。
濱野 でもSKUを変えるとか、逆に言うとうまく現地に対する還元策としてやっていくというのが大事ですよね。
谷川 現地リージョンが強化しているSKUを見て、こちらでも一緒に刈り取るとか、ブランドによってもいろいろ手法を変えながら、先ほどのポートフォリオじゃないですけど、オールバウンドの発想でやっていくのが需要かなと思います。
宍戸 そんなこと言ってくること自体が、僕はちょっと叱りたいですね(笑)。どこ見て仕事してるんだと。目的はなんですかと。生活者を見てるのかと。
濱野 このオールバウンド体制はすごく大事ですね。どこで売り上げるのかというのは、その組織のトップにとってはすごく重要なイニシアティブかもしれないですが、総合的に見たら結局何も投下できていない結果、全体的なブランドシェアが下がっているということがあるんです。
これ、私がよくお伝えしているんですけど、部門がインバウンド、越境、一般貿易とだいたい分かれているんですよね。これが部門最適になりやすいんで、プロジェクト化するというのが大事だったりするんですけど。その議論をしている時点で、そもそも前に進めていない。その議論を変えると言うのは社内の評価が必要とかいろいろありますが。
野原 これは大変ですよね。本当に一人の人が全部を横串でブランドを見るというところを作らないといけませんよね。さっき言ったとおり、プロダクトのライフサイクル全体を通して、これが全部関わってくるわけですから、そういう意味ではここをひとつの横軸で見られる人というのを育てないといけないですし、そういう組織を作らないといけないと思います。
濱野 次の質問です。
Q.CRM開発、リテールとの連携がすごく重要だと考えていますが、どうやって連携をすればいいのか。
濱野 これはメーカーさんとしても悩ましくて。伊勢丹さんのCRMになるんですけど、メーカーさんのCRMにはならなかったりするじゃないですか。これをどう考えるかというのは、近藤さん何かありますか。メーカーさんも顧客データを取りたいけれども、一緒に取れないじゃないですか。どう考えればいいのでしょうか。
近藤 そのままのお答えになっているかわからないですけれども、今当社ではMIカードという自社カードとアプリをやっています。
MIカードですと、当然店内の購買データがわかります。それを外で使っていただいても、たとえばユニクロで買っているだとか、このスーパーで買っているという情報は当然わかります。
そういった内外で買っている情報と、アプリでのコミュニケーションでというところで、そのお客さまのことをよく理解することができます。
これは我々だけが使うということではなくて、各ブランドさん、特に店長のみなさんとはすごく細かく連携していまして。あなたのお客様はこんな傾向がありますね。こういう買い方をしている人にチャンスがあるので、こういったところにDMを出してみようとか、そういうコミュニケーションはかなりやっています。
濱野 メーカーさんにデータを一部開示して、伊勢丹さんのCRMではあるんですけど、そこに対してのツールとして活用してくださいと。
近藤 当然1回来ていただいて、そのブランドの店頭でお求めいただくということになれば、今度はそこのブランドのCRMというか、顧客名簿を取ってやっていくという形に入っていくと思うので、そこは両軸でやっているという形を取っています。
濱野 なんでも相談してみるというのは大事ですよね。結構話を聞いていると、いやこれ絶対リテールさんが許さないというふうに、聞いてもいないけどメーカーさんが諦めているケースが多いんです。でも、リテールさんによってスタンスが違っていたりもすると思うので、近藤さんみたいな方に当たると、ちゃんと一緒に考えてくれるということですね。
近藤 でもそのほうが、我々だけではなんともなりませんし、三方良しではないですけど、そんな形が組めれば、すごくよくなってくると思います。
濱野 次の質問です。
Q.花王さんの現地販売をプロモーションをしながら販売するというのは具体的にどんな内容ですか?
濱野 当社のプラットフォームを活用しながら販売しながらPRしていくという、右の話なんですけど、具体的に教えてくださいということですね。
野原 もともと、現地法人、C to Cのみなさんが、購入した我々の商品を売りたい。そうすると彼らが売るためのプロモーション自体を、⼩紅書に掛けてみたりですとか、自社内のライブをやってみたりということをやっていくので、そこをうまく使っていくというのがポイントです。
我々から⼩紅書などのいわゆるSNSにインフルエンサーを呼んでとなると、ちょっとお金がかかってくるところもあると思うんですけど、NOVARCAさんに在籍するセラーの方々の心をうまく動かして、彼らに宣伝させていくという方法をうまく作っていくとうのがポイントになるかなと思います。
今はWeChatのなかでも広がっていくというコミュニティが形成されているので、それをうまく使っていくというやり方です。
濱野 もし、いわゆるC to Cをうまく活用して、売りながらEC上に店舗が増えていくとそれが認知経路になっていくので、それをマネジメントしながらきちんとやっていくというスキームでございます。
次の質問です。
Q.大正製薬さんのスター商品がなぜスター商品になったのか、分析されていたら教えてください。また、ネクストスター商品はどのようなプロモーションをしているのかもぜひ教えてください。
宍戸 スター商品になった経緯は、実はあまりよくわかっていません。中国で12神薬としてラインアップされている商品があって、それを見た中国の方が日本に来てたくさん買ってくれたという。日本でも一番売れているようなものが上に来てるんですけど、これはどちらかといえば我々がプッシュしたというよりも、自然発生的にこういうものができたということです。
宍戸 ネクストスター商品に関しては、当然KOCを使った在日中国人の方々から情報発信をしているものを中心に、KOCの勉強会や認知のKPIを高めるようなインプとか口コミの蓄積を先行指標に挙げているプロモーションを、まあまあな額をかけてやっています。来年もうちょっと予算を増やそうかなと思っています。
濱野 次の質問です。
Q.資生堂さんでは、インバウンド購入者のカウンセリングをされる方のウエイトはどれくらいありますか。
濱野 いわゆる、カウンセリングをされた方というのは、購入単価が高まるのか、カウンセリングされている配置の話とか、BA(ビューティーアドバイザー)さんの言語問題とかあると思いますが、カウンセリングの効能とか効果はどうなっていますかという質問ですね。
谷川 具体的な数字でウエイトまで語れないんですけど、購買行動という意味では、結構指名買いでカウンターに来られて、うちでいうPBP、美容の専門職から、こういう商品も売れていますよ、こういう周辺商品もありますよというのを体験していただいたり、紹介させていただくと、いいわねということでプラス1品2品買ってくださるという購買行動があります。
先ほども肌体験で購買が上がると近藤さんもおっしゃってくださいましたが、多分弊社だけではなくてどこのメーカーさんもそういうインサイトというか動向があるのかなと思っています。
濱野 カウンセリングとかBAさんを通じて、本来買いに来た商品はスター商品だったけれども、BAさんのおすすめによってこのクリームも買ってみようかなという、単価アップにつながるイメージが。
谷川 そういうことです。
濱野 販売員の方の言語対応をちゃんとするとか、そのためのスクリプトとか接客対応などをちゃんと浸透していくというのは大事です。せっかくいらっしゃってもらっているので、そのお客さんにどれだけお買い上げいただけるかというのはすごく大事ですよね。
近藤 おっしゃるとおりで。先ほどコトかモノかみたいなお話がありましたけれど、接客そのものがコト、体験という形になっていると思うんですよね。日本の接客を受けるためにわざわざ来るとか。あとは外商ですと、この人に呼んでもらったから、この人にアテンドしてもらえるから来ると。来てから買い物するかどうかを考えるみたいなところもあったりするので。商品を手に入れるために来るという形とはかなり違ってきているような気はします。
濱野 たまに、とあるBAさんを⼩紅書でずっと見ていて、ファンなので来ましたみたいなケースもありますね。
笹川 ありますね。その人を目指していくので、わざわざ新宿のホテルに泊まっているのに銀座のお店に行くという方もいらっしゃいます。
濱野 結構BAさんとか、現場、売り場はとても大事かなと思います。次の質問です。
Q.もし三越伊勢丹さんで、インバウンドのリピーター率がわかれば教えてください。
濱野 インバウンドのお客さんがどのくらい戻ってきているのか、リピート購入があまりないのでないかという仮説があるのではと思うんですけど、どうですか。
近藤 リピート率というのはわかりませんが、年に2回3回来ている方もいらっしゃいます。先ほど100万円以上の購買者がいるとお話しましたが、そういった方は比較的頻繁に来ています。半分以上は複数回来店されているのではないかと思っています。
なので、インバウンドのところには、これから先30年やその先まで見据えて、しっかり整備して投資をしていかなければいけないと考えております。
まとめますと、リピーターは相当数いらっしゃると思っていただければ。
笹川 感覚値でいいのですが、よくリピートされている方のエリアはわかりますか?
近藤 中国や韓国が多いと思います。
濱野 もともと訪日リピーターが多いのは、台湾と言われています。最近はまた韓国も増えてきている。年に2回、花見シーズンと紅葉シーズンに必ず来てますとか、スノースポーツを楽しむために来ている。
結構大事なのが、冬場の売り場として札幌のほうで売上が上がったりという、シーズン傾向もあるので、流通戦略を組むときに、どのシーズンにどの売り場で仕掛けていくかというのは、考えておかなければいけないと思います。
東京や大阪から入国して、そこから地方に行くということも多いので、ジャーニーをきちんと抑えておくというのは大事だと思います。
次の質問です。
Q.宿泊とかインバウンドジャーニーのなかで、滞在予定の飲食とか宿泊とか、他のアクティビティとのコラボレーションの事例はありますか?
濱野 これは宍戸さんがいいかなと思いますが。
宍戸 もちろんやっています。特に宿泊に関しては、我々でいうとリポビタンDXという、夜飲めば朝元気になるというビタミン剤がありますが、それを中国の方に冊子と共に配布します。特に集中的に上野にサンプリングしたら、上野でアドチャリが走ると。アドチャリというのは、自転車に広告看板を付けたものです。
要するに、旅マエは現地のKOCでインフルエンスして、ここで旅に来てくれそうな人に刷り込む。そして日本に来たときに商品が手渡されて、外に出たら広告まで走っていると。そういう仕掛けはしています。
濱野 心斎橋に行くと、めちゃくちゃアドチャリ走っていて。またこれ見たって。
宍戸 上野とか浅草も。
濱野 ホテルでのチェックイン時にリーフレットを渡したり、リテールさんに来てもらうための仕掛けを近隣ホテルで仕掛ける事例は増えています。それこそ新宿エリアに泊まっている方にはぜひ伊勢丹さんへ、みたいな誘導もできますし、直営店があれば直営店にというものもあります。
濱野 そのほかには、LCC等の航空会社さんとタイアップをして、テーマフライトにしたり、機内アナウンスを変えたり、リーフレットを渡したりサンプリングみたいなことをやっていくという事例も増えています。
濱野 富裕層を取り込むときには、ハイヤーを活用して車内に動画を配信したり、リーフレットを渡したり、サンプリングをしてもらうという仕掛けなどもあります。ジャーニー設定のなかで何をやっていくかみたいなことは、チャネルがたくさんあると思います。
次の質問です。
Q.花王さんへの質問です。インバウンドにお客様に火を付けるための課題は何だと捉えていますか?
野原 コミュニケーションなども大事だとは思いますが、商品選定がかなり大事です。弊社で言えば、スター商品になったものは、だいたいニーズが適合されて、知覚が適合されてるというのがとてもポイントになっています。使ってみて、これいいなということが前提にないと、なかなか火は付かないだろうと思います。その部分をうまくくすぐってあげるようなコミュニケーションを作り込むということがすごく大事だろうと思いますね。
宍戸 濱野さんに質問なんですけど、僕が難しいと思っているのが、在日KOCで口コミを作るじゃないですか。中国にいる方のKOCにつなぐキャズムが、どうしても乗り越えられないんですよ。情報がなかなか向こうに届かない。これはどうしたらいいのでしょうか。
濱野 医薬品だと難しいんですけど、⼩紅書で投稿してKOLやKOCが出た後に、コンテンツ自体を広告でブーストできる仕掛けがありまして、それをうまく活用すると現地の方にも届けられると思います。
KOC、KOLの単発投稿がキャズムを超えるためには、やはり一定の量が必要です。訪日に対しての人口がもう少し増えてくるとか、モメンタムが変わらない限り、ちょっと難しいのかなと思います。
宍戸 国内のマーケティングも結構同じような悩みがあります。UGCを使ってPRをするけれども、オーガニックにUGCを高めていくなんて、どうやって再現性を求めるのかと言われたら、マーケター困るでしょう。もう少し在日KOCから現地に届くメソッドが見えてくると、すごくやりやすくなると思います。
濱野 UGCのキャズムを超える仕組みがあるかというと、現段階では一定の数量になると売り場にも反応が出てくるというようなロジックはありますが、売れたのが先でUGC担っているケースもあるので、笹川さんいかがですか?
笹川 UGCの量のキャズムではないのですが、⼩紅書でもeコマースはあるので、そこに計測リンクを紐付けて、⼩紅書の投稿に対してどれくらいの成果が出たかというところを追いかけることはできるようになっています。そこでKOLごとの成果を計測していくという取り組みは、NOVARCAのなかで試そうとしているところなので、そういった知見はみなさまに共有できるのかなと思います。
野原 インバウンドではありませんが、僕が中国で⼩紅書を使っていた経験から言うと、KOCのジャンルによって見るべきKPIを変えないといけないと思います。エンゲージメント率などのいろいろな指標はありますけれど、そこが結構大事になってきます。しかし正直、答えがないので、PDCAを回して計測していくというやり方になっていくと思います。
濱野 確かに。一定の投資額を決めて、施策を回しながら各プラットフォームのアルゴリズムをハックしていくというのは、GoogleでもMeta広告でも全部一緒だと思います。
たとえば商品紹介投稿は、エンゲージ率はアルゴリズム上低くなりがちなんですけど、意外と売らない投稿というか、ほんとにこれで自分が変わったというような信憑性の高い投稿が上がりやすいというアルゴリズムがあるので、それをコンテンツマーケティングを回しながらハックしていくことが必要ですね。
次の質問です。
Q.最近、中国のKOL、KOCの情報供給過多で影響力が薄くなっているという話がありましたが、代購の発信についてもその傾向はありますでしょうか。
野原 あると思いますね。
濱野 結構この辺のトレンドを追っていると、相対的に一人当たりの発信力は落ちていると思います。それは、日本の商品のプレゼンスの問題もありますし、この商売を辞める方も増えてきていると思います。
一方で、KOLやKOCがセラー化する時代が来そうだなと思っています。今まで広告収入をもらってKOLやKOCで稼げて十分だったのが、お客様が欲しいと思ったときに買える機能、つまりメディアとリテールが統一化してくるというのは、TikTokがわかりやすく作り出した世界ですけども、そういったものはある種KOLをメディアと捉えたときには、メディアでものを買うという時代はもうすぐそこまで来ていると思いますし、結構その両方の機能を持っているセラーも増えてきているなという印象はあります。
次の質問です。
Q.資生堂さんのチームビルディングについて、部門横断のプロジェクトを行うなかで、メンバー選定やビジョンの策定など、立ち上げ時の課題やエピソードを伺いたいです。弊社はインバウンドプロモーション部門傘下にあるがゆえ、商品担当やサービス部門に意識が浸透せず、実績にならないのが最大の課題だと捉えています。
谷川 チームビルディングに関してはコロナ禍前から取り組んでくれていたメンバーや、一定蓄積されているメンバーを集めて、まずボンディングしたということ。そして、やっぱりそもそもどの人が関わるのか私自身もわからなくて、どの人と何を会話したらいいのかから始め、プロジェクトチャーターを作り、その人にもその話しないといけないのねみたいな話がいっぱい出てきまして。ここの部署とここの部署とこの方と、ということで、半年くらい手探りでどの部署が関係するか判断しながら、チームが立ち上がっていったという感じです。
濱野 客観的に私が見ていたお話をしますと、多分、過去にやっていた方が複数名いらっしゃるというのは結構大事なことだったと思います。これはコロナ禍前の話もそうでうすし、コロナ禍中でもいろいろなリサーチとか仕掛けのタイミングを見計らっているという方々がちゃんと入っているというのはすごく大事なことです。
そのなかにマーケター系の方や、EC系の方などタイプの違うゼロイチの発想ができる方がいらっしゃったりとか、タレントのかぶりがないようなチーム構成になっているなというイメージがあるので、それはすごくいいことではないかなと思っています。プロモーション部門だけで作るということはできないと思いますので、ステークホルダーに対してチームで当たるというときに、強みの違う方で組成されているというイメージがあります。
谷川 ちょうど発足したときに、まずはブランドチームと営業チームで、目的を一緒にしたほうがいいと思いまして、濱野さんにご協力いただいてコンソーシアムセッションを開催しました。
そもそもツーリストのマーケットがどうなっているかということも然りなんですけど、そこで他部門が協働して話を聞くことで、機会を見つけたり、これから一緒に取り組んでいこうねという場を作るのはすごく重要だと思っていまして。そういうアクティビティも入れながらビルディングしてきました。
濱野 次の質問です。
Q.インバウンド予算をどこが司っていますか。
濱野 これは企業によって全然違うんですよね。近藤さんのところはどうですか。
近藤 店舗別にも予算を持っていますし、何か施策をやるところは店舗別になっています。中央で顧客戦略部があって、そこがインバウンドも担当していますので、何か大きく仕組みで変えていくみたいなところは、そこが全部一手に引き受けて、逆にそれぞれのところでやらないようにしています。
濱野 コロナ禍前のときもありましたし今も起こっているのが、各ブランドが別々に動いていることです。みんなバラバラに動いて、小さい予算でみんなが別々に小さいことをやっているということがあるんですけど、伊勢丹さんの場合は統合的にされていますか?
近藤 そこは勝手にみんながやったりはしません。新宿が何か施策的なことをやるというときは、当然こういう役割で先行してやるので、それがうまくいったら全体で横展開できるねというところをもって、本部とも連携をしながらやっているような感じになります。
宍戸 バジェットは基本的にマーケティング部門で持っていて、ブランドに付けています。しかしブランドに付けたら、インバウンドなんてできません。横断なんだから。本部長予算を持っておかないと。すなわち、自分はここで伸ばすというところでディシジョンできる人の予算がないと、結構難しい問題で。ブランド任せにしたら、横断的な取り組みは絶対できないので。それはうちの特徴かもしれませんね。
濱野 しっかりまとめ上げて、それをブランドに割り付けているということですか?
宍戸 割り付けません。それでは機会のところにしか投資できないじゃないですか。ブランドマネージャーはみんな予算が欲しい。そこは聞くけど、最後のポートフォリオは幹部で決めて、これに使うんだという風にやらないと、予算上は絶対うまくいきません。
谷川 予算配分に関してはノーコメントで(笑)。
野原 宍戸さんのおっしゃるとおりだと思いますよ。そうじゃないとできないですよね。僕の今やっているのも限界ギリギリです。自分の予算のなかで切り割いているので。そうなると非常に難しくなるというのは思います。
濱野 予算をぐっと集めて、どのブランドに集中していくかという采配がないと、各ブランドがインバウンド取り込みたいからと個別に動き出すと、小さなことしかできないんですよね。
濱野 最後の質問です。
Q.SNSなどの旅マエ施策を店頭での売り場獲得につなげるコツがあれば教えてください。
宍戸 最後は濱野さんにお話ししてもらいますか(笑)。
濱野 旅マエと旅ナカでいういと、旅ナカは結局売り場の近くだったりするので、広告打てる・打てないという業種はありますが、旅マエは基本的に先行投資だと思ったほうがいいと思います。
ただしコンテンツが蓄積されているので、SNSのSEOが上がるんですね。要は「日本 お土産」って調べたら上位に出てくるみたいなのは、先行投資、蓄積じゃないですか。「日本 おすすめ 製薬」とか「日本 おすすめ 医薬品」となったときに、上位に出るかどうかというのは先行投資です。
これを売り場につなげるにはどうするか。最近では中国人の方も含めてGoogleマップを使ったりしているので、旅ナカのサーチエンジン対策をしなければならない。他にもカスタマージャーニーに応じたいろいろな店舗集客施策やクーポンメニューがあるのですが、小売さんとの関係上でクーポンが発行できる/できないとか、直営店を持っている/持っていないとかメーカーさんによっても環境が変わるので、個別にご相談いただければ幸いです。
日本がグローバルで勝つにはインバウンドが必要不可欠
濱野 この辺りでお時間になります。最後に一言ずつ感想をお願いします。
野原 貴重な体験をいただきました。みなさんの話がとても勉強になりました。私は国内中心の仕事をしていますけれども、よりグローバルに目を向けてやりたいなと思います。
谷川 やはり、まだまだツーリストマーケティングの機会があるなというのを、各社のお取り組みをお伺いしてすごく感じましたので、ビジョンに掲げているジャパンビューティーの体験で世界をつなげるというのを、当社としては目指していきたいなと思いますし、それで日本がもっと元気になって、グローバルで今一度認められる、来たいと思ってもらえる国になればいいなと改めて感じる1日でした。
宍戸 冒頭申し上げたとおり、日本の企業さんはゼロサム思考になりすぎです。そうすると縮小傾向に入ります、価格は下がっていくし人口も減っていくというときに、みなさんの周りの人とか部下とか上司をポジティブサムに変えていくには、オポチュニティしかないんですよ。
だとしたら、インバウンドはそのひとつかもしれない。だけど新しい事業もやらなきゃいけない。ここに自分たちのメーカーのアセット、ブランドのアセットがあるかもしれないというのを常にアンテナを張っておくということが、僕は今日のセミナーでみなさんと共有したかったことですし、うちみたいに大したマーケティングやってないような会社が、高い席からみなさんに失礼なこといろいろ言いましたけど、やっぱり日本を元気にしたいと。だからポジティブサム、機会を見つけて、いろいろチャレンジする。とにかく動く。やらなきゃわからないですから。これをみなさんと共有できたのはうれしかったかなと思います。
近藤 みなさんと違って、僕はリテールのビジネスをしてますので、そういった意味ではまだまだやれてないことも多いと思います。これから今日の話を伺って、こんなこともやれるかな、あんなこともやれるかな、うちの会社ってそういうことやってるのかなだとか、そういうことの気付きになるほんとにいい機会だったなと思いますので、今日家でじっくり反省して、明日からの仕事につなげていきたいなと思っています。
濱野 このセッションを開いたのは、日本のブランドを世界に、我々「国境の先に、新常識を。」というミッションを掲げていますけれど、日本のブランドが世界でもう1回再成長していく、勝っていくというのが私が創業した背景でございます。
そのために、競合企業さんもたくさん来場されているなかで、これだけの情報を開示いただいた登壇者の方々にもホントにお礼を申し上げます。また、本日は雨のなか、お忙しいなかご足労いただいたことに感謝を申し上げたいと思います。
この渦を大きくしていくことで、日本の産業が強くなると思いますし、インバウンドはひとつの産業だと思います。事業領域だとひとつの事業部になってもおかしくないくらい大きな産業になっていくと思いますし、これをなくして日本がグローバルで勝つっていうのもなかなか難しいんじゃないかなと思っている昨今でございますので、ぜひこの産業をみなさんと盛り上げていきたいと思います。