すでに中国におけるEC商戦の中心はライブコマースが担っていると言っていい。
中国のECデータシンクタンクである星図数据では618の成果分析において、5月31日20時から6月18日24時までのデータにおいても、ライブプラットホームによるGMVは1445億元と大きな数字を見せている。
しかし618期間中にはそのライブコマース業界に激震、混乱を生んだ。
618以降、中国のライブコマース、そしてマーケティング活動はどのように変わるのか、改めて振り返ってみたい。
目次
618序盤に起こったライブコマースの波乱
すでに説明する必要もない話だが、2022年の618におけるライブコマースは、大きな波乱が起こってしまった。
中国のライブコマースにおける「独強」であり、トップライバーとして注目されていた李佳琦が、ライブコマースから姿を消したことである。
618がスタートした5月26日、2022年618商戦初日となったこの日のライブにおいては、のべ閲覧者数が1.5億人に達し、本商戦でも彼がどこまでGMVを伸ばすのかなど、注目が集まった。
しかし6月3日、突如ライブを中断。
その後に自身のWeibo公式アカウントから「機材の故障による中断」との説明がなされたが、その日から618シーズンを通し、本日に至るまで彼のライブコマースは配信されていない。
明確な理由説明はなかったため、中国国内におけるメディアでは「李佳琦消失」とのみ報道され、消費者同様一様に困惑の色で染まった。
混乱したのは現場である。
なぜなら、李佳琦のライブは6月3日以降、618商戦期を通じて予定されていたためである。
未配信のブランドなどに対しては一定の補償・返金などがあったと聞いているが、李佳琦の有する莫大なトラフィックに期待して売り上げ計画を立てていた企業は、目算が大きく狂う結果となった。
李佳琦がライブコマースから姿を消した理由については、薇婭などと違って、「機器の故障」以外のオフィシャルな説明はない。
日本や海外のメディアは、その日にちおよび、彼が中断直前に「タンクの形をしたケーキ」を持っていたことから、1989年6月4日の天安門事件と結び付けてのことではと予想され、報道されている。
とすると、しばらくは李佳琦のライブコマース復活は望めないと考えられる。
ライブコマース業界は、2021年以降、激震が続いている。
2021年末の段階で、業界No2であった薇婭、そしてNo3であった雪梨が、ともに脱税によって処罰を受け、そのために実質的なライバー業引退となっている。
さらに抖音においてトップライバーとなっていた羅永浩も一線を退くことを宣言。ライブコマースの場には姿を見せなくなった。
まさに今のライブコマース業界には「スター不在」の状況となってしまったのである。
ライブコマース界の「新星」となりえるか~学習塾の挑戦
こうしたトップライバーが姿を消す中、新たなライブルームが注目を集めている。
その代表が抖音ライブで姿を見せたアカウント「東方甄選」によるライブである。
何が注目されたのかというと、そのアカウントの運営元は、中国国内で最大規模の学習塾を運営する教育機関「新東方集団」である。
簡単に言えば、日本の「公文」や「河合塾」などの塾が、ライブで教育とは全く関係ない商品を販売しているようなものだ。
同社がライブコマースに進出にしたのは背景がある。
これまで同社中国各地に学習塾を展開。その教え方のうまさなどが評判になり、中国最大級の学習塾運営会社にまでなった。
しかし、状況が一変したのは中国で去年2021年7月に出された事実上の「宿題、学習塾禁止令」。
教育熱心な事で知られる中国だが、それにより子供の負担が激増。睡眠時間を削って宿題に追われる姿や、視力の低下などが問題視されていた。
そこに中国政府が大ナタを振るったのである。
宿題の量を厳しく制限するほか、学習塾も新規開設および営利目的の活動は禁止、非営利団体としてのボランティア活動しか認めない――などという厳しい措置を取り、各地の学習塾は実質的に機能停止状態となってしまった。
そうした状況で新東方は2021年10月25日で国内の義務教育に関する学習塾サービスをすべて停止し、2021年12月28日からライブコマース開始したのである。
アカウント「東方甄選」では、同学習塾の講師4名が、商品の紹介ではなく、「商品に関連した英語の知識を教える」という異色のライブスタイルをとっており、それが618に至って話題を呼んだ。
結果、2022年6月19日下午18時時点Douyinのフォロワー数は1619万を超え、またTopKloutの調査では1週間で240万のフォロワーを獲得。ライブ単位の平均GMVも860万元に達したといわれている。
この「東方甄選」は、ライバー個人の有する影響力でもプラットホームの影響力でもなく、「学習塾講師がライブコマースをする面白さ」、「商品紹介ではなく授業を行うという意外性」というコンテンツの勝利であった。
今後の商戦でも、同アカウントの挑戦にも注目しておきたいところである。
【予想】トップ不在となったライブコマースと中国マーケティング
こうした膨大なトラフィックを集めることができる「トップライバー」が不在となることによって、中国でのマーケティングは何が、どう変わることになるのだろうか。
大きく、以下の3点が考えられる。
日常のマーケティングプロモーションが重要に
これまでは商戦期にトップライバーの力を借りて、知名度や売り上げを伸ばしてきたブランドが多い。
商戦終了後も、トップライバーが紹介した事で「〇〇同款」という名目で、消費者の目を引くことができた。
しかし、もしそれが無くなることになれば、トップライバーの影響力を借りることは難しくなる。
となるとブランドは自力で消費者に向けて認知度を高めていかなくてはいかない。さらにトップライバーのように爆発的に集めることが難しくなるため、「商戦期だけトップライバーを使って」というような、スポット的マーケティングが通用しない。
常に、1年を通して日常的にプロモーション活動を行うことが必要になるのである。
そうした、マーケティングの積み重ね、地道な知名度向上によって、ライブコマースにおける成果が導かれるようになるだろう。
ライブコマースも企画勝負に
もちろん、ライブコマース自体は継続してマーケティングの手法として用いられることになるだろう。
しかし、前述のようにトップライバーが不在となりその力で販売することが難しくなる状況になると、ライブを年間のマーケティング施策の一つとして戦略的に活用する視点とともに、ライブの内容をよりクリエイティブにしていく必要に迫られる。
もともと教育機関であった新東方が「授業式のライブ」を展開して注目されたように、巷にあふれる「物を売るためだけのライブ」ではなく、コンテンツとして中国の消費者が楽しめる要素というものも考えていかなくてはならない。
それを自ブランドで行うか、もしくはこうした独自コンテンツを有するライバーを、自社のブランディングに合わせて起用する、という視点が必要になってくる。
ライブだけに頼らないマーケティング手法の開発
オンラインマーケティング中心の中国のマーケティング、そのためにSNS運用やライブコマースに頼ったマーケティングに意識が集中する。
確かにトップライバーなどを起用できればそれで売上、知名度向上などが見込めたが、そうした影響力のあるライバーが不在になれば、ブランドは手先の技抜きで勝負しなければならない。
そうしたなか、自社の商品力の向上や明確なペルソナに基づいた訴求も必要だが、例えばそのペルソナの求めるIPとのコラボレーション、さらにはオフラインにおける消費体験の拡大など、かつての地道なマーケティング活動が必要となって来るだろう。
そして同時に、こうしたオフラインにおけるマーケティング活動を、オンラインを通じて確実に、自社のペルソナに合った消費者に届けるという作業を組み合わせていく事になる。
いずれにせよ、トップライバー不在という状況は、爆発的な拡大を期待するのではなく、長期的戦略的な情報発信と体験の創造が価値を持ってくる。
中国マーケティングにおいても、まさにマーケティングの本道回帰を促すのではなかろうか。